NARUTO ナルト ブログ・ふりやまないあめ 週間連載感想

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627話 サスケの答え

ジャンプコミックス64巻☆大絶賛発売中♪









忍とは耐え忍ぶもの?


目標を叶えるために?





兄さんは……
………柱間…アンタの意志を直接語ることもなく受け継ぐ者だったってことだ…

そしてアンタ以上に耐え忍んだ

そして木ノ葉の忍であることを誇りだと語って死んだ

アンタを一番理解した忍が
うちは一族だったとは皮肉だな







?・・???




なんだか、うまく繋がらないんだよね


話も人も。









一族を、仲間を、両親を殺め、


何も知らない小さな子供にまで手をかけて、


未来を奪う事の何処に、




柱間の意志や生き方、理想が表れているのだろう




……うちはイタチが“誇り”を胸に死んだ、とサスケは言うけれど

何も知らずに殺された子供達は誇りどころか、

いま死ななければならない現実も分からなかったと思う。


子供達の進む道は、死ぬ以外無い一本道の行き止まり



自分で決めることも、引き返すこともできない。



里も誇りもあったものではない。





読んでも読んでも分からない。

読んでも読んでも繋がらない。


殺さなければいけない

理由が、意味が、分からない。


想像もできない。


・・・ふむ、困ったものだ・・・

皆、計り知れなくて底知れない。





んー、理解のできない自分の浅さをもどかしく思うべきなのか






ダンゾウに迫られるがままに、凶行に出たイタチの心情をもっと知りたいと思う。
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624話 相子

う~ん、、、せつない思いが、モクモク(;´д`)モクモクと‥

泣きたくなる。。
相変わらず重いよ

でも、岸本先生のこういった話のつくりが私は好きなのかもしれない。

外道魔像や十尾、須佐能乎が沢山でてきてガオーってのとは違うんだな





大切なものを失ない写輪眼を開眼、マダラは強くなる、、



より辛い思いをした者が、より強い力を手にする
悲しくて苦しい万華鏡写輪眼への階段



こんな時、力は何の為にあるのだろうか





行き場を見失ったマダラの愛情がグルグルと渦巻いている






んーきっとね、この先
扉間が穢土転生の術を考えたくなる事態がおきてしまうと思う






柱間が大切なもの
現在と未来、
明日の為に、


喜んで自分の命をひきかえにしてしまうような気がしてならないのです。


その後のマダラの苦しみを思うと、またモクモクがとまらなくなる‥‥

そして、止まることが出来なくなり、現在も柱間と思い描いた夢を追いかけているような気がするんだ


柱間とは違った形で‥(/´△`\)

589話 穢土転生の術・解

須佐能乎の身体を被い始めたものは、
天狗の中でも最も強力な神通力を持つといわれる、禍々しい大天狗の姿。



サスケやイタチの須佐能乎を被う小天狗(烏天狗、木ノ葉天狗といった鳥の造形を持つ天狗)の姿とは違い、驕り高ぶった傲慢な心を象徴する長く伸びた大きな鼻に特徴があります。

何度でも再生する身体に、永遠の万華鏡写輪眼、輪廻眼六道の術、空をおおうような巨大な隕石落としに、桁違いの規模の木遁、多重木分身に、森羅万象を破壊するという剣を手にした須佐能乎の完成体・・・そんなに必要?って思う。

尾獣に匹敵する破壊力だ!と自画自賛したりなんかして微妙に滑稽。
ずるいし、口数多すぎ(笑)





でも時々黙って、物憂げな視線をなげかける。

五影やオオノキの話を聞いて………って場面は何を思う?

ギラギラした憎しみや怒りを感じさせるトビの眼と違って、マダラの眼は哀しさや寂しさのようなものを感じるんだよね。
まるで、弥彦のように。


月の眼計画の完遂が目的ならば、五影と遊んでいても何も変わらないし、

さっさとトビと合流して、八尾と九尾を捕獲してしまえば、無限月読の力で、五影も含めてまとめて片付けてしまえるのに、
そこまで気前よく自己紹介しなくてもって位、念入りなのは何故?




・・・黄泉がえってみたら五つの大国、五影が協力している

憎しみも蟠りもない時代の到来を予感して、彼なりに見極め中?
月の眼計画の発動は、必要なのか…
と、実は思い悩むマダラ


なんて、ついつい良い方向に考えてしまいがちなんだけれどね


イタチさんやサスケの誇りある先人であってもらいたい。・・・という望みは捨てないでおこうと思う。






一生懸命、自分の気持ちを吐き出しているサスケに背を向けたまま『お前を変えられるのはもうオレじゃない』なんて言い、突き放して、結局説明しないままイタチはいってしまうのだろうか?

うちは一族にもやれる事はあったと思うけれど、トビやダンゾウの言っていたとおりなら、木ノ葉なんてサスケの手で解体されてしまえばいいと思う。

輪廻眼天道 弥彦(長門)の言っていた
事がつくづくその通りだと、あらためて感じた話でした。

588話 影を背負う

カブトの眼鏡を丁寧に外すイタチさん、優しいな~もう・・

カブトの大切な眼鏡である事に変わりはないし、

また次に、この眼鏡をかけた時に目に写る世界を、託された側の一人として大切に感じてもらいたいと思う。




今週はサスケの駄々っ子ぶりが半端でないの。。。


・・・兄さんに“あんなこと”をさせたってサスケはいうけれど

あんなことって、どんなこと(´・ω・`)ん?

なーんにも、ハッキリとしたものを確かめていないのに、イタチがうちは事件の実行者だったと決めつけないでもらいたい。

はたして、うちはのクーデターは本当にあったのだろうか?

迫害されていると感じ、幸せでは無いと感じたなら、話し合えば良いでしょう?

話し合って話し合っても、わかりあえないなら、バランスを大きく崩して大きな犠牲をはらう前に次善の策を打つべきだし、そうしていると思うんだ

里を出て新天地を求めたり、
新たにうちはの里を創設するなり
して、ストレスなく生きてゆけば、
人生何倍も楽しいし、誰も傷つく必要もないよ。

誰が主導権を握ろうが、恋人や旦那さん、奥さん、子供達が笑って暮らせるならそれが一番だと思うのだけれど違うだろうか。

愛する者を犠牲にしてでも得なければならないものなんて、無いと思うし、
イタチはもとより、うちは一族だってそんなこと分かっていたはず・・

だから、私はクーデターなんて起きなかったと思うんです。





もうこの世界に未練はない・・・なんて、サスケお前はもう大丈夫だね、と言っているみたい。
何だか安心感があって良い。好きだ。









また、イタチが居なくなってしまう現実を目の当たりにして、冷静でいられないのは分かるけれど、この期に及んで
“兄さんのせいでこうなった”とは、なんとも情けない

イタチの意志を知ったうえで、イタチが望んだ通りには出来ない……オレはオレのやり方でって自分で決めたじゃない



イタチをひどい目にあわせた木ノ葉を潰すって結論に行き着いたなら…










後は思い切り











やれば!










ナルトや仲間が受け止めてくれるから。








もちろん、イタチだっている。

587話 9時になったら



誰よりもお前を子供あつかいし
守るべき対象としか見ず
お前の力を信用していなかった………


何であれ一つとして一つで完璧なんてものは無いのかもしれない

だからこそ補うモノが引き寄せられるように生まれ…側で対を成して初めて少しでも良い方向へ近づけるのだと思う

イザナキとイザナミの術のように


オレを見てオレになかったものをお前には探してほしい

だから…オレを完璧だったなんて言ってくれるな




す…素敵な告白………(///∇///)〓

イタチは、穢土転生の術を上書きしてしまう、別天神という強い幻術にかかったままなのに

木ノ葉の里を守る為なら、
誰が相手でも容赦のしようがないはずなのに

木ノ葉の里に生きる者を皆殺しにするつもりのサスケと遭遇するのはまずいなあと思っていただけに、

この展開は意外なものだった。

サスケはもう、木ノ葉の里の驚異でないとイタチは判断しているのか、
サスケの闇を照らすようなナルトの存在が、別天神の幻術を中和しているのかは分かりませんけど




誰にも耳をかさなかったサスケの表情が、少しだけ柔らかくなっているのが分かる。

理由はさておき、木ノ葉の里の上役を殺してしまったし、仲間や他里の忍も多く傷付けてしまった。
雲隠れのエーやビーは、罷り間違えば命を失ってしまうところだった

ナルトやサクラ、カカシがどう思ってももう戻る道はないのかもしれない。

殺されてしまうかもしれないよ

イタチはサスケの進む先に何を見据えているのだろうか・・・?




人は先入観や思い込み、知恵をつければつけるほど、自分に都合のいい事だけを選んで、目に写した物事をねじ曲げて素直に受け入れる事ができなくなる。



それとは対照的に“有りの儘”を飾ることなく写すだけの水溜まりが印象的だった。

当たり前の事なんだけど水には意思も考えもない。当然、正も悪もない。



輪廻(ループ)から脱することができるみたいです。よかった!
本当の自分を取り戻しつつあるカブトの姿に深~く感動(T_T)
イタチさん、いい仕事しますのう




ちなみに、六道輪廻の一つ人間道は、苦しみの多い世界・・・と伝えられています。

生きる事が苦しみ?って、初めて読んだ時はショックをうけましたが


確かに、確かにっ!
楽しい事ばかりではないよ。

けれど、たくさんある辛いことを補うように幸せで楽しい事もたくさんある。(と思う)

幸せで楽しい事を大切に思い、
そんな時をなるべく多く作ろうと皆が思い努める。


良い事ばかりが続かないように、
辛い事ばかりは続かない。

痛みや憎しみを怖がらずに、目を背けず、嫌わず、
それらも自分の一部だと認めて向かい合う。


それがイタチの言いたい事で、全てなんだと思う。

自来也先生も似たような事をおっしゃっていましたが、
イタチの言っていることは、そこから更に一歩踏み込んでいるんです。



憎しみも痛みも、それを補うように対をなしているものが必ずある。

無くす事に夢中になって輪廻(ループ)に堕ちこんでしまったのなら、

無くす事に夢中になる事を止めれば良いのではないか?

乱暴に言ってしまうなら、
憎しみや痛み、忍の世、云々言っても始まらないって事。

それらを補う為に自分に出来る事をすれば良い。

自分一人では無理な事も、助けてくれる仲間がいれば、少しづつ少しづつ世界はいい方向に成長していく。


…というような事をイタチさんは言っているのだと思います。

レベルが高すぎて漠然としか掴めないな。むーん(´・ω・`)?んん?









・・・・・・・・・・・・・・・・・
えっと、風邪をひきました。
良くなって悪くなって良くなって悪くなって・・
(゜ロ゜; ハッ!輪廻・・・風邪?
二週間位治らないんだ。どして?
なにかいてるのか分からないかもですが・・なにとぞ御許しくだされ・・・ペコリっ


イタチさん、お誕生日おめでとう♪

586話 イザナミ発動

自然エネルギーを“感じる”事から始める仙人モードの修行というのは、人間の第六感、超感覚的知覚を鍛練していく事なのかな・・・と今更ながら。

超感覚的知覚を剥き出しにする事を仙術というのであれば、視覚ではなく感覚に作用するイザナミという瞳術は仙人モードの弱点や穴になる。
鍵穴と鍵みたいだ。

龍地洞や自然エネルギーの事を知っていたのなら、仙術に対しての見識があっても不思議ではないけれど、

輪廻眼六道を翻弄した仙術もイタチの眼には穴だらけに写るのか、カブトが未熟なだけなのか・・・どんな術にも弱点や穴はある、なるほどだね




奴はこの輪廻(ループ)から逃れる事はできない

輪廻(りんね)っていうのは、
人は死んでお仕舞い・・・というのではなくて、生きていた時のおこないによって、六つの世界‥人や動物などの生き物に何度も何度も生まれ変わることをいいます。
何度もというのは際限がありません。永続的にという事です。
六道輪廻っていいます。

イザナミの輪廻(無限ループ)ってこの輪廻(りんね)にかけているんです。

漠然と“ループ”でいいと思うんですけど、輪廻の文字をあてたのは、カブトの生まれ変わる様を演出する為なのかな、と思います。


ナルトでは輪廻、六道輪廻(生と死の存在する世界)の外の存在として生死を司る外道という存在がありましたが、イザナミから抜け出す道は、外道ではなく解脱。

カブトは今、外道か解脱か、丁度その瀬戸際にいるのだ


今、イタチの手はカブトの前に垂れこめられた




あとは・・・

585話 ボクがボクであるために


薬師カブトを苦しめていたものが、イタチの魂に触れて、無意識の内に溶け、流れ落ちているのだと思いたい。

場面、場面でイタチの言葉に一瞬、聞き入るカブト、最後に流す涙がとても印象的です。


カブトを導くような丁寧な言葉に読んでいて思わず戸惑ってしまいましたが、、、
カブトはどんな風に思っただろうか‥




サスケは、仮死状態となる事もいとわず、完全な呪印の力を“付け足し”
大蛇丸の精神を“付け足し”
トビに唆され、木ノ葉への復讐を誓い、兄の眼を“付け足して”生きてきた。



大蛇丸と出会い、己を導きだすどころか、己の像をぼやかす付け足しの毎日、現在に至るカブトの姿が、
イタチには、サスケに重なるのかも‥なんて思ったりして


だから、
カブトに対して話している事は見ていて分かるんだけれど、それは

イタチが、サスケに伝えたいことでもあるような気がします。

‥‥以前に一度、行動で示しているきもするんですがね






カブトを諭すイタチの言葉が、不自然な程に丁寧で、思いやりに溢れているのは、そうゆう事なのだと思う。


もう時間は余り無いのだから。

サスケには、限られた時間の全てを費やしてイタチの魂に触れて、魂で感じて、この魂を忘れないでもらいたい。
できるなら、眼を閉じればいつでも思いだせるように瞼の裏にでも焼き付けておいてもらいたい。



残酷だ、残酷だ、なんて非難してばかりしていたカブトの穢土転生がもたらした数々の事象は、術者であるカブトも含め、

多くの人達を助けている事はもう間違いない。

イタチの立ち居振舞い、ノノウの形見の眼鏡を身に付け、涙を流しながら胸の内をあかすカブトの姿に明るい未来を確信。



これよりイザナミに入る…
お前はもう…失敗したんだ…


失敗は、回りまわって突き詰めれば成功なんだととらえてみたい。

失敗したから見えてくるもの、気が付いたもの、得たものがあるはず。

それを成功といわずして、何と言おうか‥ねぇ、イタチさん

兄さん!


感動の瞬間!!!!!!!!!!

サスケ、おかえり!

584話 薬師カブト

何も訓練をうけていない一般人を騙すのとは訳が違うと思う。

情報操作なんてお手のもの、
かって知ったるお家芸じゃない。

各国を渡り歩き、特殊任務をこなした情報収集のエリートが、
自分の眼で見て、耳で聞いたものではない、他人から得た情報(写真だけ‥汗)を疑いもなく信じてしまう‥という話しが実に信じがたい。

視力が弱いから敵味方の判断がつかない‥なんて言っていたら、敵地潜入なんてとてもできるものではないし、
歩き巫女だなんて通り名を馳せる事なく仏様になってたんじゃないかな


そもそも、大蛇丸の話自体が私には怪しくて仕方がない。



木ノ葉の里(ダンゾウ)に対する激しい憎しみや恨みを抱き、冷静さを欠いたカブトは簡単に大蛇丸の術中におちる。(ダンゾウを悪役に仕立てる流れもそろそろ飽きてきた(笑)んですけど。


サスケをおとす為に“イタチの真実”を騙ったトビと似ている‥と私は思うんだよね。

自分を犠牲にしてカブトを生かしたノノウは、まるでサスケの為に自分を犠牲にしたイタチのようでもある






ここでイタチと同じように自分を見失わず、ぐっと堪えて連鎖を塞き止め、
マザーの意思を受け継ぐ為に道を選択できるのなら素敵だったけれど、

誰しもイタチのように振る舞えるわけではなく、カブトやサスケ、長門‥多分、大蛇丸やトビも



それは無理というもの。

大切な事を確かめる余裕はなく、憎しみを着せられた心は深い闇へ逃げてゆく。

イタチの意思を継がなかった、継ぐことができなかったサスケの心の流れを理解する事ができる。





大蛇丸の言うように、ダンゾウが利用価値無しと判断し、始末を命じたのなら、うちはやうずまき‥六道仙人系の血はひいていないと思うのだけれど‥‥
この時点のカブトに対して大蛇丸がどのような価値を見いだしていたのかがちょっと分からないんですよね。

綱手がカブトの医療忍術のセンスを全盛期の自分以上だなんて言ってたけど、それは随分後の話だからな~


あと輸血シーン、いつもの検証癖で調べてみたら、キチンと辻褄あってて思わず笑ってしまった
(時間のあるときに書いてみます)

一体いつから考えてたんだろう岸本先生、適当に血液型きめてたわけじゃなかったのね(驚)

583話 これは誰だ

何はともあれ、カブトの掛けている眼鏡、、、あれは、お母さん(育ての母)の形見だったんだね・・・

自分で働いたお金で眼鏡を買ってプレゼントするなんて優しいじゃん


孤児院のマザーの名前は、ノノウ‥
“歩きの巫女”という異名は根に属していたときのもの。


歩きの巫女っていうのは、簡単にいえば“くノ一”の事なんです。




日本の戦国時代は、その時代背景から孤児や捨て子が多く、大蛇丸が言っているような、利用価値の高い身元の分からない子供達って、調達するのに事欠かない状態だったんです。

孤児や捨て子の多かった時代背景まで、岸本先生はストーリーに採用しているようなのですが、カブトやノノウの心境を読み進めるにあたり、なんとも複雑な心境になります。

その孤児や捨て子の中から、心身ともに優れた容姿端麗の女性を選抜し、隠密として訓練し育てられた者を“くノ一”といいました。

彼女達の世を忍ぶ‥?仮の姿は、口寄せや舞を披露しながら各地を渡り歩く巫女‥裏‥‥いいえ、本当の顔は選抜、訓練された諜報(スパイ)のエキスパート、それを“歩き巫女”といいます。

ノノウという名前も、その“歩き巫女”として諜報の任務についていた、有名な神社に実在した巫女の名から採用されています。



ダンゾウのセリフ、
あの“歩きの巫女”と呼ばれたお前が今や子守とはな‥とは、

根(諜報部)きっての有能な“くノ一”だったお前が子守とはな‥(笑!)って、言ってるんです。




しかし、ダンゾウ‥お前が自分でやれよ、木ノ葉の平和の為に。自己犠牲がきいて呆れるぜ!!まったく。
(ダンゾウにもカブトや大蛇丸、サスケのような過去はあるんだと思う)




ノノウが、カブトに贈ってもらった眼鏡をかけたまま岩隠れに潜入、諜報活動についたのは何故なのか

ダンゾウの言っていた“自分を捨て切れない”ノノウのくノ一としての欠点が、カブトを結果的に苦しめている


えてして、人の想いというものは、空回りするものだが‥‥、

何だかやりきれない思いでいっぱいだ。

んー、まさか、カブトの真実がこのような形で語られるとは想像もしなかったな。

今のカブトの姿は、彼の底知れぬ悲しみや痛み、愛情の深さを表している‥‥のだろう

カブトと同じように、人は自分を見失い、思い悩み、苦しむ。道を踏み外し間違いを犯す。

カブトは自分達と何も変わらない人だということに気がつく。

仮に私がカブトと同じ目にあったらどうだろうか‥ここまでやれるか?

目に見える姿ではなく、そこに至るまでを感じなくてはいけない。

イタチが相手なんだから安心して見ていられるけれど、前にも書いたけど、カブトには安らかな結末を迎えてほしい。


イタチが穢土転生された時はショックで。
本気でナルトを読むの止めようかと思ったけれど、
イタチの穢土転生は必然だった。
いろいろと意味があった。今はそう思う。



万物は自分の尻尾を喰らう蛇のように円を描いている

善の行き着くところは悪

悪の行き着くところは善
ならば闇の先には何が‥‥?

仙蛇カブトにも届くだろうか

‥‥蛇なだけに(*≧∀≦*)





カブトの名前を覚えていなかったんじゃない。


この時の彼女には、カブトの未来に何が待ち受けるのか、分かっていたのではないだろうか‥

闇の世界の危うさを誰よりも知っているからこそ、

底知れぬ深い闇に、誰かを守る為に自ら身を投じた“我が子”の行く末を憂う‥‥

“くノ一”、母としての任務だった



と、私は思う事にする。

最近の感想(仮題)


フードを被ってしまったカブトの代わりに、二匹の蛇が体温と嗅覚を使って索敵、感知をはじめる。

イタチには体温も匂いもないけどね‥‥(・ ・、)


感知能力が今までの比じゃなくてね…
、視力は断った、なんて言ってるくせに眼鏡を外さないカブト。なんで?

そして、まさかの仙人モード‥‥ですねぇ‥
もはや、わたくし少々のことでは驚かなくなってまいりました。


蛇博士なら分かって欲しいなぁ…ボクはもう蛇ではない…
…完全な仙人の力は蛇を脱皮し龍へと昇華したんだよォ ! ! ‥‥仙法・白激の術!!!


龍は、麒麟や鳳凰、亀とともに四霊といわれ、良い事がおきるという前兆の象徴(瑞祥)だともいわれているんですけどね。。。(((((;∀;` )


でも、ちょっと感心したよ!サスケだけならまだしも、大蛇丸が降参して逃げてまわってたイタチ相手に、よく頑張っているじゃない‥

いろいろと、やらかしてくれちゃってますが!
わたくしとしましては、君には礼がいいたい。

いろいろとありがとう!!(ゝω・´★)

話は進む。

カブトの心が傷つく理由があった。

戦乱の世に、拾い育ててくれた事に感謝し、その恩に報いようと自分を犠牲にして一生懸命だった。

自分を育ててくれた木ノ葉の里を母親のように愛し、尽くした。

その先で、何かが彼の人生に重大な影響を与えたのだろう。

裏切り、失望、絶望、

無力感、虚脱感…

木ノ葉の里は森を見て、木を見る事を忘れていた。というのは私の印象。


イタチにも同じ事が言えるんだけどね、、、こんな姿になっちゃったカブトの産みの親は、木ノ葉の里以外の何物でもないんだよね



‥‥イタチがそんな木ノ葉の里を許す事ができたのは、一人じゃなかったからだと思う。生きている世界では孤独だったかも知れないけどね。彼は死んで、カブトの穢土転生でよみがえり、
自分の間違いを確かめる事もできた。




イタチに理解を示せるならば、カブトの心に横たわる闇、その反動を理解することは、そんなに難しくない。
カブト目線の意味のある何か‥‥が、あるのかもしれないね。


世の中の出来事、事象の全ては、まあるい円を描いてまわっている。
ナルトを読んで、今さら!だけれど学んだ事がある‥

生きていれば、いろいろとある。
良い事ばかりじゃないんだけれど、悪い事ばかりでもない。
悲しみも喜びも、苦しい事も楽しい事も、憎しみも愛も。
一日が、ずっと夜ではないように
一日が、ずっと昼ではないように。

カブト、お前、いい最後が迎えられるといいな!



仙法・白激の術!!!



カブトの口腔から“玉”を持っている液状の龍が飛び出す。

そう言えば、龍と玉って何かにつけて一緒ですよね‥ドラゴンボールもそうですし、
封神演技という漫画でも、四不象(スープーシャン) というムーミンみたいなかわいい生き物が、“復活の玉”という玉を大事に持っていましたし、その辺に転がっているイラストでも、何かの歴史的な絵画を見ても大体、龍
には“玉”が付き物です。


これは、インドに伝えられる蛇神(ナーガ)の持つ、如意宝珠という神通力をこめた“珠”に関係してくるのですが、

蛇が持っていたものが、なぜ龍の持ち物に変わったのか‥‥


‥‥中国には仏教と一緒に伝わった蛇の神様のお話があります。

先ほど書きました通り、もともとの起源はインドに伝えられる蛇神(ナーガ)だといわれています

蛇神ナーガは天竜八部衆という形で仏教に取り込まれ、何度かの仏教伝来を経て中国に伝わります。
そこで中国語に訳される段階で蛇とは訳されずに“龍王”と訳された為に、以降、龍と蛇が混同されることになります。

そのような過程を経て、中国起源の龍(インド起源は蛇)とインド起源の珠(如意宝珠)は混同され、一緒になり、その後の絵画や造形などにもあらわれるようになります。

‥ですので、カブトの言っている龍は、蛇の脱皮、進化した姿というのはわけではないのですよ~

中国の人の感性だった‥とでも言いましょうか‥


そして、龍の持つ玉については、諸説ありますが、ナルトの世界観や大蛇丸、薬師カブトといった人物像にマッチしたものについて挙げると、
龍と玉は、世の中の全てのものを手に入れる‥という人の欲望を表し、限りなく膨れあがっていく欲望は、悟りを開くことのできない者の象徴だとも伝えられているといいます。

思わず、大蛇丸やその意思を受け継いだと自負しているカブトを思い起こします。ぴったりというか‥(笑)
この世を解き明かす者、全てを手にする者なり‥でしたっけ?


今回も、岸本先生には驚かされました。よく知ってるなあ‥

また書きます!‥では、ごきげんよう!ペコリ!


オマケ(ゝω・´★)

仙法・白激の術!!!の威力を探る



昔(笑)、私がまだ高校生だった頃、佐賀県でおきたバスジャック事件。

犯人制圧の際に使用されたスタングレネードという、爆音と閃光により一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りを起こし、対象を一定時間、無力化することができる閃光音響手榴弾(非致死性)という制圧兵器がありました。
今回の仙法・白激の術はそっくりです。

※特殊ゴーグルと音響対策(亀仙人の眼鏡と耳栓)があれば大丈夫。

スタングレネードは非致死性であるため、爆発の威力を極力抑え、破片も飛散させないよう設計されています。
警察が使用するものと軍用とでは威力が変わってきますけれど。

爆発音と閃光の威力は凄まじく心臓疾患を患っている場合にショック死する可能性もあるとか。

特に、犯人を安易に殺傷する事の出来ない人質事件には効果的に威力を発揮します。

575話 石の意志

感想はまだ先です。







566話 眼と獣

尾獣八巻きぃ!!―――――って‥‥
あのね‥‥森に棲む生き物、イタチの愛した自然が粉々になりましたよ、いいんですか?それで。



ああ、怪獣大戦争

ペインの頃のように熱くなれない自分が悲しい‥‥なに書こうか(。_。)φな




もう少しで敵を殲滅する‥‥らしい
第1部隊(ダルイ)と第2部隊(黄ツチ)、
きっと今頃、金銀兄弟や外道魔像が大暴れした後のお片付け(残党狩り)。
白ゼツだらけですね、お疲れ様。



そういえば、紅葫蘆に吸い込まれてしまったサムイとアツイは、どうしているんでしょうか、、後から吸い込まれた銀角と、わだかまりも争いもなく仲良くしているかしら(笑)

中国の伝奇小説、西遊記に登場する紅葫蘆は、吸い込んだ人を溶かしてしまう不思議な瓢箪でしたが、ま・さ・か





金銀兄弟の持つ九尾チャクラについては雷影エーの眉唾物の話だけでしたが、角都は詳しく事情を知っていそうです。ますます興味深いね。

ちょっと、人より長生きしちゃったから偶然にアスマやシカマル達と出会い、偶然に敵対しただけ。

どちらかといえば不意討ちぎみに先に仕掛けたのはアスマ達、
自ら命の駆け引きに身を投じ、その結果アスマ達は負け、命をおとした。
これも偶然。


状況が状況ならその逆だってあったはず。
仇討ち気分は結構ですが、イズモとコテツには、そこのところ分かってもらいたいと思う。
ひじき野郎だなんて、センスない事を言いながら不意討ちしていないで、もうひとつ高い志でいこうぜ!
アスマの前だからこそ‥


シカマル達をアスマにぶつけたのは残酷。シカクもよくやる。
読み返して見ると、三人の一人前になった姿をアスマが見届けて天国に帰るという“感動仕立て”になっているのが分かる‥けど、やはり後味悪いのは変わらない。これはおかしい。これで良いわけがない。

アスマに己の子供を殺させる気か ! !
やさしさを履き違えるなっ ! ! ! ‥‥‥って、意外にクールなシカマルにもびっくり。

仰っている事は、ごもっともなんですが、言ってる事が極端すぎるし、これだけ多くの忍がいるのだから、何もシカマル達が担当しなくても他の人がやればいいと思うんだよね。違うかな。

んんん?、やさしさを履き違えているって、どういうことなんだろう‥‥
アスマは、そんなやさしさを望んでいない、このままだと多くの者を傷つけてしまうから、止めてもらいたいに違いないって事を言っているのだろうか。
そんなの、あまりにも一方的だ。
仮にそうだとしてもチョウジの気持ちはどうなる

アスマを倒さなければ、シカマルの言う“子供が殺される”から?

なんで?どうして?

子供を助ける為に、アスマを倒す?


アスマを倒すくらいなら子供が犠牲になっても仕方ない?

いやいや、損得勘定で計れない純粋な関係がアスマとの間にはあるじゃない。シカマルは大人すぎるんだよね。

盲目の愛とまでは言わないけどね‥盲目の感情(やさしさ)とでもいうのかな?
憎しみあい戦う事に慣れてしまった大人達に、余裕や気遣いを期待しても仕方がないのかもしれないけれど、
チョウジはその盲目の感情をこれからも大切にしてほしいなと思います。
特に今のナルトの世界観の中ではね。

勝機があるから差し向けるなんて勘弁してくれよ、、どーれだけドライなんだよ、まったく。


生きてる?ダン、初登場で穢土転生。
綱手との再開は叶わなかったけど、縄樹そっくりなナルトに会えて少しは魂の安らぎを感じましたか?
‥誰も教えてくれなかったけど、綱手は木ノ葉を背負う火影ですよ!
安心しておやすみなさい


第3部隊(カカシ)、残っている穢土転生の忍は、忍刀七人衆の一人!って事は、おそらく鬼灯満月だね。
全ての忍刀を扱う事ができる鬼人の再来だとか‥何人いるんだ、鬼人だとか怪人は?
そんな彼を残したまま、現場を離れてしまったのは、カカシとガイ。
‥大丈夫ですか?ひと波乱ありそうな予感。




第4部隊(我愛羅)

マダラ降臨☆現五影担当
五影前任者の面々達‥‥第3部隊の忍刀七人衆といい、レアリティの高いキャラクター達が(初)登場しては、やっつけ仕事のように片付けられてしまい、勿体なく思います。
彼等がどうして亡くなったのか、彼等の言いたい事は何なのか、もっと沢山のストーリーがあっても良かった。
三代目水影のおじさま、素敵でした。

血継淘汰という緻密なチャクラコントロールを武器に、鳴り物入りで登場しました二代目土影、無(ムウ)‥、どんな戦いを見せていただけるのかと思いきや、カブトの言葉を喋るだけのハイスペックなモブキャラでした。ほんと‥湯水の如くジャブジャブと‥‥‥。




難しい技術をきちんと次の代に受け継いだりして良い仕事をしてるんですけどね‥木ノ葉の里とも同盟を組むつもりで出向いたりして、こんな格好してるけど安寧秩序を目指した偉大な指導者の一人だったんだなと思います。(包帯巻いたり、透明になってみたり、ほんとは、恥ずかしがりなのかも)
原界剥離の術‥‥サスケも粉塵になる所でしたが、あんなのまともに喰らったら、九尾だってひとたまりもないよ(汗)

現五影達は、うちはマダラを抑えているらしいけど、五対一で戦っていて自慢できる話じゃない(笑)頼りないな~


第5部隊(ミフネ)、
ハンゾウ戦ご苦労様でした。
ミフネもハンゾウも格好良かった。

まだ、少し手間取っているのはチヨばあがいるからね、みんなお説教でもされているのかも(笑)。




奇襲部隊(カンクロウ)‥‥デイダラはどうした、うん!??


シカクとイノイチ、青、他一名のいつもの論調シュミレーションタイム。

イノイチはペイン編で、木ノ葉の里を潰した相手(長門)の処遇を、話し合いで済む問題では無いだとか、仇なす敵だから許すわけにはいかないなんて言ってたな。

木ノ葉の里を潰した長門やトビと同じじゃない。結局はそういう事でしょう?

今回は、そこにシカクが参戦してきた。残念ながら戦争推進派のようだ。



戦争に反対する人間のいない不気味さ、この違和感。
人の命を何だと思っているのだろうか。もう、命の投げ売りだね。いらっしゃいませ!お安くなっておりますよ!どうぞ、ご利用くださいませ!!

だいたい、一尾を除く人柱力が揃い踏み、八尾、九尾を相手に、他の尾獣が大暴れしている所へ何をしに(死に)いく?

沢山の命が、まるで消耗品のように、
あまりにも簡単に消えてゆくのが悲しい。
向かってゆくだけが全てでは無い。
失われた多くの命を省みて、これからの選択の中の一つに、どうか撤退を。

これからは、無駄に命を失わない為に、痛みや憎しみ、わだかまりを増やさないために知恵を絞ればいい。

この先、トビやマダラ、カブト達を退けた後に、平和?が訪れるのだろうけど、彼らを見ていると“一時の”という札付きの平和だと感じずにはいられない。
時間が経てば、トビから他の者に相手が変わるだけで、世界はメビウスの輪のように歴史を繰り返すだけだろう


やがてその痛みも何十年と時が経てば癒えていく
抑止力は低下し そしてまた人々は争い 今度は自分達で尾獣兵器を使い
本当の痛みを再確認する
(NARUTO 巻ノ47 77頁)


面白いくらい長門の言っていたとおりだ。



読んでいて辟易する位、命の尊さを重く深く、深く、掘り下げて描いている時もあれば、こうして命のバーゲンセール、大量消費が当たり前のように、いとも簡単に指示(描写)される。
実際の人間の愚かしさを見せつけられているような気がして、いたたまれない気持ちになる。


トビ達が仕掛けてくるから同じように返す、殺られる前にやる!‥‥のではなくて、
一段高いところへ登って道を示せ!
世界の天辺を掴むというのはそういう事だと思う。



トビが自慢の写輪眼を潤ませて、思わずごめんなさいを言ってしまうような道を示してみよう!











久しぶりの更新です‥‥書いてみて、とても566話 眼と獣‥の感想だとは思えない出来上がりで‥‥すみません、今はこんな感じなのです。お許しを‥‥φ(゜゜)ノじゃまた!

      

565話 人柱力 VS 人柱力 ! !

穢土転生でよみがえった後に、再び人柱力にされて‥‥?

痛めつけて無理やり誘拐し、尾獣を抜きとる為に命まで奪ったというのに、
少し前に抜いたばかりの尾獣を封印し直して再度、人柱力にするとは‥‥
彼らが死んだ意味なんて、もともと無いも同然なのかもしれないけれど、あんまりです。


月の眼計画を成功させる為に、手段を選ぶ事なく憑かれたように突き進むかと思えば、無駄な失敗を繰り返す矛盾、、、遠回りばかりしているように見えるのだけれど、何か迷いでもあるのだろうか?

諦めて、絶望して、何も信じる事ができなくなって‥仕方ないですよね、
そんな世の中に生きているのですから。
諦めたっていいと思います。

でも、だからといって周りの人々を巻き込んで、生きている者だけでなく、死んだ者まで痛みや憎しみで縛りあげたりしていたら‥‥、やっただけ説得力は目減りしてゆき、虚しくはならないのだろうか。
生きる者を救うどころか、亡くなった者まで苦しめたりしているのに、“わだかまりも争いも無い世界”がどうこう言われたって、信じてついてゆく訳にはいきません。小南にもフラれるわけです。



“目の上の瘤”だなんて、随分と意識している、うちはイタチは、生きる者を救うだけに留まらず、死んだ者(長門の魂)の魂まで救ってみせました。
本当に彼には驚かされてばかりです。
とうに肉体は滅び、魂の存在になってしまったというのに。




わだかまりも争いも無い世界を目指しているのであれば、イタチのような生き様(死に様?)を真似てみたいものですねぇ、トビ。



そう‥長門だけでなく、先に封印された大蛇丸だって、もしかしたらイタチに救われた一人なのかもって私は考えています。
大蛇丸はもともとの肉体を持たない魂のような存在でしたからね。長門の魂と同じようにイタチ入纏垂手です。
(魂だから何をやっても殺せなかったんですねぇ、書いてみて気がついた)

こんな世界でも、弟が生き抜いてこれたのは、大蛇丸の存在があったからだとイタチは感じていたのかもしれません。
まあ、サスケのオモリ役をするよう仕向けたイタチの術中に、大蛇丸がおちていただけ、という見方もあるのだけれど、多分イタチなりに感謝。

六道輪廻の循環から抜けだせなくなってしまったトビのようになる前に、大蛇丸の魂に入纏垂手したんです。

今頃、憎しみや痛みと隔絶された世界で、すっかり冷静になって、自分を取り戻しているかもしれませんね。(笑)

後々、カブトを入纏垂手するイタチをサポートしてくれたりなんかしたら素敵!!なんだけどね


※入纏垂手=垂れ込める救いの手の意





ユギトの胸元がクローズアップ。。
彼らを手足としか思っていない存在な気持ちが、心臓を貫くように突きたてられた受信機にあらわれています。
両目には写輪眼と輪廻眼‥雁字搦めじゃないですか。
呪札や制御棒(受信機)、幻術で支配していなければ意のままに動かす事もできないなんて、哀しい似非救世主





この人柱力達には、長門や小南の元に存在していた、元々は遺体である輪廻眼六道の者達とは違い、穢土転生の術によって一人ひとりに魂が宿っています。



生前の記憶が予め備わっている為、生きていた時の状態とほとんど変わらず、血も流すし、心配事でいっぱいになって涙まで流します。
漂う毒に反応する嗅覚があるなら、都合よく触覚(温かいと感じたり痛みを感じたり)が無いとは思えません。

呪札と受信機で縛り上げられてはいても意識も心もある。苦しんでいるはずです。


不安や心配事があって流す涙には、欠伸をしたり笑った時に流す涙には含まれない、脳から分泌されるストレス物質が含まれているといいます。
泣くことによってストレス物質を涙と一緒に体外に追い出すことができるから、泣いた後ってスッキリするんです。
脳の機能が働いている事が分かります。造りものじゃなくて、生きているんです。

受信機で自分以外の複数をリンクさせて操るという部分は一緒でも、
長門とトビの平和な世の中への考え方と同じ位、術の見せる顔には違いがある。同じ術なようであって同じ術ではない。





捕獲された遺体(初代畜生道)を回収に向かう、人間道を使って畜生道ちゃんを螺旋丸手裏剣から守る、バラバラになった修羅道を何度も再生したり、
いろいろとありましたが気持ちの上で“使い捨て”に思う場面はありません。
輪廻眼地獄道の術で自分自身を再生させる事もできたはずなのに、痛みや憎しみを共に背負い、信じた平和の世を目指して戦った“仲間”でした。








‥六道輪廻の連鎖も、穢土転生の呪いも、ひとふりで断ち切ってしまうイタチの須佐能乎が持つ、十拳の剣でもあればすべては簡単なのでしょうけれど、

いつまでも頼る訳にはいかないですよね。

いきなりの難関!
ナルトはどう決着つけるのかな?

まあ、なんといっても、あのイタチや長門、自来也が見込んだ忍ですから

安心して良いと思います








八尾がナルトの話を理解し流暢に会話する様は、まるで普通の人間のようで‥‥な~んか可笑しくなりますね♪
負けてない?大丈夫??ビー(笑)

568話 仙猿の王 ‥‥をかる~くヾ(´▽`*)ゝ

こんにちは!

最新号の感想まで随分とおくれてしまいました。すみません。

‥‥にも関わらず見に来てくださる方々がいらっしゃいますので

メモのような書き捨てで恐縮ですが、最新号の感想を少しだけ。


今回は尾獣達に名前があることが判明しました!


九尾には九喇嘛(くらま)、四尾には孫悟空(そんごくう)という名があるそうです。

これらは、幽幽白書やらドラゴンボールとは関係ありません。パクりの類いではない、という事です。


今までも金鵄(トビ)や金角、銀角、加瑠羅(我愛羅まま)、我来也(自来也)、大蛇丸、綱手、等々、ナルトではストーリーや登場人物に、実在した人物や中国の伝記、日本の説話に登場する神様達が登場いたします。

因みに、加瑠羅や九喇嘛なんてのは日本の神様(天狗も含め)の名前ですし、映画ロストタワーに登場したサーラ(楊貴妃)やアンロクザン(安禄山)も実在いたします。

須佐能乎や月読、天照、加具土命、伊邪那岐、十束の剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉(八坂勾玉)も日本神話に因んだものです。

孫悟空も中国の伝記に登場する神様、
斉天大聖っていうのは孫悟空の通り名みたいなものです。※暴走族の肩書きではありません(笑)


オレは水簾洞の美猿王 六道仙人より孫の法号を与えられし仙猿の王
孫悟空斉天大聖だウキキィー

法号とは戒名の事です。尾獣とは亡くなった方の名前を変えた姿だと考える事ができます。


人柱力にする為の封印に渦巻き一族の封印が関係してそうな描写が出てきました。
孫悟空さんを封印している鎖‥‥、封印者は何処のどなたさんなんですかねぇ‥気になります。



ここからは勝手な妄想→

尾獣達は六道仙人の弟子達、最初は味方だった‥‥忍連合のような自分勝手な人々に裏切られ、恐れられて殺されたり、憎しみ、痛みの中で自分で命を絶ったり…

六道仙人は彼らの魂を救う為、自分のチャクラを分け陰陽遁で器を造り、弟子達の魂をそこへ留めた

その六道仙人も人々の手にかかり………

トビは六道仙人に可愛がってもらった弟子の中の一人かもしれない。
力のない末っ子的な存在の憎しみの果ての復讐劇。

彼の頑なさは、それなら説明がつくかな




では!また書き直します。

564話 誰でもない男

ナルトとトビが激突…、タイミングからしても“切り替え”は十分間に合うはずでしたが、わざわざぶつかるって、どういう心境なんだろう。
カブトがトビの造反を示唆する場面もあり、トビの考えに何か変化でもあったのかなと気になります。

という表現や、あいつのすることだ…何か考えがあっての事なんだろうというセリフから伝わってくるのは、トビに対するマダラの信頼。
しかも、死からの復活を託すなんて、互いの深い信用や信頼関係がなければ成立しえないはずです。

二人の温度差、醸し出す雰囲気に受動的か、能動的かの微妙な違いを感じ取る事ができるものの、問題点を放置したまま根本的な解決を諦めている点において合致しています。裏切りの予感はありません。
それどころか、時空を飛び越え、死を克服してまで“それ”を掴み取ろうとする姿勢、飽くなき執念に、不安にも似た期待を感じてしまうくらいです。



命をかけ貫いた鬼鮫の一途な思い
『私もそこへ行ってみたかった』という強い訴えもありました。

月の眼計画は、必ず阻止しなければならない間違ったものなのか分からなくなってきます。
誰も間違っていない気がするんです。
答えはあるのかなーって。



長門やサスケと同じように―

いろいろな事があって、苦しんだ末に魂となり、望み通りに現世から解き放たれたというのに、わざわざ意思を無くした命に生まれ変わろうとするのは何故なのかと思わず考えこんでしまいますが、それさえも偏った考え方、見方であり、トビやマダラの見据える先には、憎しみも痛みも存在しない別世界が広がっているのかもしれません。





長門のセリフには、要所要所に繋がるヒントがたくさん散りばめられています。


方法より大切な事…要はそれを信じる力です!(NARUTO 巻ノ48 448話 形見… ! !)

うまく言えないけど、長門は自分を、自来也を信じる事ができずに、大事な事が欠けたまま結果だけを追い求め、視野を狭ばめた状態で方法を優先させてしまったんですよね。
トビもマダラも、いまここなんだと思う。





大切なヒトの死ほど受け入れられず… 死ぬはずが無いと都合よく‥思いこむ

特に戦争を知らない‥お前達の‥世代は仕方ない
死に意味を見出そうとするが…あるのは‥どこにぶつけていいかわからない憎しみだけ

ゴミのような死と‥永久に続く憎しみと‥癒えない痛み‥それが戦争だ

ナルト‥お前がこれから立ち向かう事 に‥なってくるものだ(NARUTO 巻ノ49 449話 希望の花)


長門の言っていた通りそのままに、ナルトに、忍連合に憎しみと痛みが襲いかかってきました。

小国を、弱者を苦しめた歴史や過去を知りながらも目をそらし、五影の連中が好き勝手言っています。
自分たちが脅威に晒された途端に、他人の好き勝手は許さない、そいつを倒して勝利を掴む事が希望に繋がる!なんて論理は、苦しめられた側には特に通りません。

そんな事が通らないのは現実世界で
も同じ事で、奇しくも私達の身近に存在し暗い影を落としています。
そうやって考えてみると“絶望しかないこの世界に存在する価値はない”って、けして大袈裟じゃないんですよね




トビの言っていた完全体とは、痛む心も憎む心も持たない、幻術の中をさまよう誰でもない姿、即ち“無”

“オレは誰でもない 誰でもいたくないのさ…”
というセリフは、多くの人が感じているような、投げやりでも無責任でもなくて、トビにとって闇の先にある光‥それを見据えた真剣な思いだったと理解する事ができます。



お前はどうして自分で変わらないと言 い切れる?

これからどれほどの痛みがお前を襲うことになって変わらないと…自分を信じたままでいられるか?

そう言いきれるのか?

自分自身を信じられるのか?(NARUTO 巻ノ48 448話 形見… ! !)


長門のセリフですが、トビの思いもそう変わらないのではないでしょうか。
トビがこうなった経緯は何も明らかにされていないけれど、長門のような痛み、サスケのような憎しみがあるのかもしれない。
彼らに目を着けた理由だって、悪戯に選んだのではなくて、自分に近い境遇
二人を月の眼へ導こうと(救いたくて)選んだようにも思えてくる。

私なら、どうやっても過ぎて行く毎日、癒えない消えない憎しみ、痛みから逃れられないのなら、自分の存在も記憶も消してしまいたいと思う。
立ち向かう勇気なんて持てない。

多くの犠牲を伴った事に、違う間やり方があったのでは?って思うけれど、私は一方的にトビを責める気にはまるでなれない。




自分たちが脅威に晒された途端に、他人の好き勝手は許さない、そいつを倒して勝利を掴む事が希望に繋がる!なんて論理は、苦しめられた側には特に通らない。

この問題がどのような答えを‥決着を迎えるのか、娯楽作品の枠を飛び越えて、訴えかけてくる岸本世界に目が離せない思いです。

トビをマダラを、サスケもカブトも救う事が希望に繋がる‥‥長門を救えたのですから!
これこそが一歩、ナルトを読んできたものだけが知り得る一歩であると感じています。






なんだかこの号の感想っぽくなってないので少しだけ(笑)

輪廻眼で次から次へと供給されるチャクラや写輪眼の洞察力も手助けしているのかもしれませんが、夢のコラボレーション、人柱力の皆さん強いですよね~

操っているのは一人だからなのかもしれませんが、絶妙の連携で次へ次へと術が繰り出されます。
サスケや長門でも失敗してきた八尾と九尾が翻弄されてしまう程の力を持つ人柱力達、そんな彼らを淡々と仕留めてきた暁の面々の実力に今更ながら驚きます。

とまあ簡単に(笑)

では、次にかかります。





あ!明けましておめでとうございます。ペコリ!

今年も相変わらず、ゆっくりペースですが、自分にできる範囲で更新してゆきます。よろしくお願いします ! !

2012.1.5 kirin φ(..)λ≡

563話 五影集結… ! !


瞬身さえも難なく見切る頭抜けた動体視力!
雷影の動きを眼で追い、いなすように捌いてしまいます。

同じ輪廻眼でも、攻撃をいいように受けていた六道ペイン(長門)には無かった能力。
写輪眼を究極形態まで昇華させたオリジナルの輪廻眼、

“写輪眼エンジン”を搭載していない“コピーモデル”との差は歴然としています。

トビが写輪眼を右眼におさめたままでいるのも、その辺の事情が関係してくるのではないでしょうか。
彼も“うちはではない”のかなっ?て疑いたくもなってきます。
‥‥写輪眼を大事にしている割に、インファイトで被弾しまくりなんですけどね。
写輪眼の使い方においては、サスケやイタチの足元にも及ばない気がします。うちはっぽくないんですよね、
透過(ふりやまない雨的に書くなら摩利支天)でやりすごしている気がしてなりません。




視界共有しているわけでもないのだし、
仮に霧でマダラの視界を遮れるとしても、同じように自分達も見えなくなるわけだからね、視野が狭くなるなら純粋な眼力勝負で不利なのは五影達のほうだし。時間稼ぎにもならないよカブト。
瞬身を眼で追えるマダラに、視界を遮る事が有利に働くとはとても思えない。須佐能乎だっているしね!



うーん、勝たなきゃ駄目なのかな?
オオノキの言っている事はごもっとも‥なんですがね





この里と同じようにしたお前たち木ノ葉の忍だけが…平和と正義を口にする事を許されるわけではないだろう?


“マダラを倒せば終わり”だなんて、それじゃ今までと同じで何も解決しない。…と思うんだけどね。

長門を許したナルトを見習えばいいのに。








マダラの須佐能乎が放ったのは八坂ノ勾玉です。

勾玉を結ぶ紐が確認できます。
その紐は母と子を結ぶ臍の緒だと伝えられています。
実態に反してロマンチックですよね~こういうの好きです。

イタチの須佐能乎の放った八坂ノ勾玉は勾玉は三つ、マダラの須佐能乎には
十二も勾玉が連なっています。
おそらく勾玉の数に比例して破壊力が増えていくのだと思います。



「守りはどうだ?」なんて様子見程度の代物ではないはずなのですが、砂と岩の二重防壁とはいえ、あっけなく防がれてしまったのは意外でした。

しかし、三つでも凄まじい破壊力を持つ八坂ノ勾玉を一度に十二も放り投げるなんて(汗)‥‥こういう所にも人柄が出ているというか
良くも悪くも大雑把で細かい事を気にしないマダラ。
神経質で恨み辛みタラタラのトビとは、どこか違う気がします。

イタチといえば‥‥必要以上の破壊力を行使しない、好まない所は生前と変わってません。
死んで魂になってしまっても仲間や自然への配慮を忘れていない
んですよね。


マダラとイタチのマッチアップは期待してもいいのかなー
後世、こんなに素晴らしい子供達(イタチ、長門やナルトも)が育っている事をマダラにはなんとか知ってもらいたい。
柱間もマダラも解けなかった答えを見つけだした子供達に触れて、感じて、還るべき場所へかえれれば‥‥と、思います。



それにしても未知数、得体の知れない須佐能乎を相手にして物怖じしない五影はさすが



倒せると思って向かっていく所なんか、もう信じられません。
エーさんなんか、ぶん殴ってますからねー(((((((・・;)私なら、触るのも嫌ですけどね

562話 己を拾う場所

奪っては奪われ…奪われては奪い返す…!憎しみは膨れ上がり三度も戦争をした!





それが生きていくということだ
その歳まで生き(過去の痛み)から何も学んでいないとはな



アンタよりは長く生きてる!
…学び一回りした!
過去の痛みを知るからこそ
どう先へ繋げていくのが最善かを
考えることができる!
こいつらを見ていて時はただ刻むだけではないと分かった……世界は過去(痛み)を重ねてゆっくりとだが成長しておる…平和へむけてのう







世界はこれ以上
成長する(痛みを重ねる)必要などない
無限の月読みの幻術の中(痛みの無い世界)で眠っていればいい

















もう誰も痛まなくていい、苦しまなくていい、終わらない憎しみの連鎖は俺が断ち切ってやる…

















左腕………





いろいろと言いたい事はあるけれど、飛雷神の術とか ┐(・ー・`)┌ね
……やめとく。

561話 その名の力

バ…バカ者 このワシを誰だと思ッとる!岩隠れ両天秤のオオノキと恐れられた土影じゃぜ ! ! (NARUTO 巻ノ49 10頁 初登場場面)



両天秤とは、男女の三角関係や二股を表現するときに使われる例えですが、そんな事で恐れられたりしてたら、かっこわるいです(笑)

ここで通り名として使われている“両天秤”とは、囲碁や将棋の作戦、考え方で使われる両天秤(獲り)や両天秤(逃げ)の事で、先を読む力、おそらく、世渡りの為のコツ(処世術)のようなものだと思うんです。
ナルト世界でいうなら、憎しみ云々の忍世界を巧く生きぬく為のオオノキ流、方法論だと思ってください。

常に用心深く、相手に隙を見せない。傷つく事もない。先を読む力や意表を突くような奥の手が張り巡らされていて、戦えばただ(無傷)では済まないと恐れられている、と理解すれば良いと思います。

その処世術が、如何に完成されたものだったかは、忍世界を長く永く生きぬいてきた事が証明していますよね。




『まだ諦めの言葉を口にするな!何もせんうちから己を捨てるな!少しでもやれることをするんじゃぜ ! ! 』



“逃げる”という選択肢もあるのに、己を拾う為に自ら退路を断つオオノキは、まるで、遺言のような寂しい響きを残し、
たった一人で空を覆う岩の塊(隕石)に向かってゆきます。(おーい、ナルト逃げるな!)

んん?おかしいな、セリフと噛み合ってないような‥‥



逃げ惑う忍達のどれくらいが、うちはマダラを知っているのだろうね。
ナルトよりも少し上、二十歳位までは戦争を知らない世代だ。
相手が誰なのか、どうして戦っているのか、何がなんだか分からないまま何もせず、ただ死んでしまうんだったら、それこそ意味のない無駄死になのではないか‥‥本当に無駄だと思う。

それこそ、長門が言っていた意味の無い、ゴミのような死ではないか。
新しい憎しみ、痛みがここから始まる事を静観するようなものだ。

オオノキが、己を取り戻そうとやれる事をやろうとしているのは分かる‥んだけど、
そこ(自己)だけに執着せず、彼らを戦争にひきずりこんだ責任、面倒を見る事を忘れてはいけない。
マダラ一人の放った桁外れに圧倒的な豪火滅却を相殺できたのは、皆で力をあわせて事にあたったからではないか‥

誰も聞いていないような遺言めいた言葉を口にするよりも、もっとしっかりと教えてあげなくては。
それが、この世界を永く生き抜いてきた里長としての義務であると思う

それに、全てを一人で背負おうとするな…そうすれば必ず失敗する、とある賢人が申しておりましてね‥素敵な方なんですけど‥‥

ううむ、彼は凄いな‥これぞ諦観‥いいや、達観の境地なり










さて…二個目はどうする…オオノキ?

(両天秤)お手並み拝見‥‥ぐらいの感覚で、オオノキのもつ“両天秤”=(two) alternativeの通り名を敢えて踏襲してみせるこの余裕。

“両天秤”を両天秤(二個目)で圧倒し捩じ伏せてみせる強烈な自我、実力は、見ているだけで圧倒されます。
更にたたみかけるように木遁・樹界降誕を発動。強~力です!!

ヤマトやダンゾウが柱間の細胞を使い、木遁との融合を果たしていたように、うちはマダラにも柱間の細胞が植え付けられているようです。
カブトの後付け(仕業)なのか、穢土転生したそのままなのかは分かりませんが、着ているものの中を覗きこみ納得している様子からして、ヤマトのように細胞レベルの融合ではなく、ダンゾウの身体と同じように、外形的に判断できる何かが埋め込まれている事がわかります。特別製で、全盛期以上に仕上げておいた‥という位だから後付けかな。
またしても顔っ!?眼っ!!?(キモっ!)

かつて穢土転生された千手柱間、本人も同じ術を使いましたが、うちはの血と混ざったほうがオリジナルよりも遥かに強力だというのは、どうにも皮肉なものです。いや、オリジナルに回帰したというのかな?
どうして、これだけの力をうまく利用できなかったんですかね~

とはいえ、柱間のとんでもない強さも垣間見えましたよね。
その当時は、輪廻眼の開眼は無かったかもしれませんが、永遠の万華鏡写輪眼の段階まで眼球の状態をリカバリーしていたわけだから、須佐能乎はあっただろうし、九尾までいたのに、柱間は退けちゃったんですからね~ホント、どれだけかと‥‥(汗)

この駆引きの見せ方、言葉の遊びを含ませた話の組み立て方に感心してしまいます。味わいました。岸本センセ、さっすがです ! !

※alternative=もうひとつの、別の








そして、もうひとつの提示‥‥



ボク達ごと…?

当たり前だ…穢土転生の術は本来こうやって道連れに使うものだ

まるで、術の考案者であるかのような口ぶりですが、
元々の性質や目的は、カブトがやっているような人の尊厳を蔑ろにするようなものではなく、
ダンゾウの最期の術、裏四象封印のような道連れ、自己犠牲の側面を持ち合わせていると言っているのでしょうか‥

労せず、傷つかず、穢土転生した忍を捨て駒とする道連れ‥‥という考え方もありますが、それではカブトがやっている事と何も変わりありません。
イメージしようとしても、薬師カブトの陰湿な印象が邪魔をして、なかなか道連れ、自己犠牲の側面というものを捉え難いのですが、
自ら進んで殿(しんがり)をかってで、育ててきた後進に命を賭して道を示す事のできる扉間の考えそうな、といえば考えそうな事です。

ちょっと、飛んだ話になりますけど、穢土転生って自身を生贄にした場合どうなるのかなーって思いませんか?私はあります!

札を埋めこまなくてもよみがえらせた者は動けるし話す事だってできます。
(NARUTO 巻ノ55 115頁)

術式を記し、印を組む所まで完成させれば術は発動するようですから、不可能ではありません。

自分にはない力、必要な力を求めて、誰かを犠牲(生贄)にしたりするのではなく自身を依り代にして、と、扉間の最期が見えてきた気がします。
彼自身の亡骸は今、何処で何をしているのでしょうか。
トビが穢土転生の解き方をカブトに問う場面が気にかかります。
‥ただの魂の器となって、すぐ近くを彷徨いているような気もするのですが







木ノ葉襲撃の際に四代目火影に契約封印をうたれ、九尾との口寄せ契約を解かれてしまったはずのマダラが、九尾を口寄せしようとする場面がありましたね~

希少な血継限界や血継淘汰、写輪眼や輪廻眼は忠実に再現されるのに、契約封印の術式だけは都合よく再現されなかった‥とはまさか、いいますまい(笑)



自来也の死後も、強力な封印の影響下にあるミナトも、妙木山の逆口寄せは解約されていません。(NARUTO 巻ノ44 118頁)
要するに、トビとマダラは別個体であると考えることができます。

けど、ここでもうひとつ疑問が‥‥
二代目土影の無のように分裂できる場合、魂まで分裂されるのか?という事。
可能性があるなら、穢土転生された=既に死んでいるって図式は成り立たなくなる。
現に無は動いてるからね、血継淘汰の使えない無力な存在に成り下がってますが(笑)、形骸化ってのも似たようなものでしょ?

力を取り戻そうと、融合を試みたりする無を見て思ったんだけど、マダラとトビの関係を考える上で排除しきれない部分なんだよね

九尾もミナトに魂を分裂(分割)されとるし、屍鬼封尽で封印された魂とは別個に(存在)生きとるし!ね‥‥

ん~こうして、描写はある。


なんでもあり‥‥なのか!!?‥‥汗


560話 うちはマダラ

鳴り物入りで登場したのに、口寄せばっかりさせられて、次はカブトの身代わり人形になって一生懸命にお話し中(舌でもかめばいいのに)‥‥血継淘汰の提示って結局なんだったの?
こんなに立派な弄られキャラに育ってしまって‥



うちはマダラの登場で、話は面白くなったのかな~
絵的には美味いのかもしれないけど、伝説はあくまでも伝説だからこそ価値があるのに‥と思う気持ちを無視できない。
えっ(((・・;)、だしちゃったの ! ! ? って感じです。


うちはマダラは、
・一族の衰退を憂慮
・弟、イズナが自ら犠牲に。
・一族の裏切りにあう、仲間内から誹謗中傷を受け孤立
すべてに裏切られ、柱間との戦いに敗れた(すべて=柱間も対象に入っている=柱間が重大な協約、協定を反古にした可能性も有り)

とトビは言っていたけれど、サスケや長門のそれとは次元が違う。
イズナにしても、眼を進んで差し出してきたにせよ、奪ったにせよ、失明を選択せずに、眼をもらい受けた時点で自身の問題である。
世の中が悪いわけではない。
(悪いが、)たったそれだけで成仏することができずに、四半世紀以上も魂となってさ迷っていたというのは、どうも釈然としない‥思いが空回りし仲間外れにされたくらいで、ジメジメと思い悩むタイプには到底思えないのだ。
だいたい、人の意志なんて肉体の終わり=死と同時に霧散霧消してしまうものなんじゃないか。(現実的にはね)
それなのに、魂となっても四半世紀の間、漂い続けていたのには、あらゆる手を尽くしても挑まなければならない理由があったから、魂、霊体になろうとも‥と考えてみる事も、おもしろい、いや、大切なのではないだろうか。
そもそも、一方的にうちはをアウトロー扱いしているところが、ひっかかって仕方がない(気にくわない)
‥‥何か知られたくない事実がある‥とは、思いませんか?






それじゃまるで物扱いじゃねーかよ(NARUTO 巻ノ53 101頁)





愛する女性の“一生”を棒にふっても、尾獣なんて核兵器まがいのものに拘ったのは何故か…
保有し続け、時期が来たら渦の国からまだ子供の“適合者”を理由も告げずに引っ張ってくる。
国家間で取り決めていたにしたって、本人が知らないのでは、なーんにも意味がない。未成年略取誘拐ではないか。器に愛を‥なんて言ってる場合ですか、怪しからーん!
どうしてそんな事が罷り通るのか理解に苦しむ。

さらには、同盟を謳い、保有する尾獣を各国へばらまく。
私の生きる現実世界にも、残念な事に、似たような危うい指導者は存在する。
これだけを考えても正気の沙汰ではない。争いの火種をばらまいているだけで、平和には確実に逆行する。
当然、反対する人物や勢力は存在しただろう

尾獣は花や贈り物の類いではない。
ばらまいた尾獣は多くの人を傷つけ、犠牲者を次々につくり出す。



我愛羅パパ、今更、悔いても犠牲になった命はかえらないよ。
加瑠羅や夜叉丸は何故、死んだのだろう?我愛羅は何故一人なんだろう?
穢土転生でよみがえって、気付く事ができたのは、せめてもの救いだけどね、、、
間違っていたって、わかったでしょ?





尾獣に端を発した小競り合い、新たな争いは砂隠れだけにとどまることなく、各国間で頻繁に起きるようになる。

これが、柱間の思い描いた未来、望んだ忍世界の有り様だとしたら、なんともお粗末な話だ。

マダラと九尾をセットで看破できる実力があったなら、尾獣兵器なんて要らないし、破棄や封印にだって力を向ける事が出来たはずなのに、他人や他里の犠牲ばかりを積み上げ、そのツケを後世の子供達が四度目の忍界大戦をおこして支払っている。


この未来を予感、予測し、終わらせる為に、四半世紀を飛び越え現れたというならば、うちはマダラを歓迎しなくてはならない。何も示せないのなら、リセットである。


イタチやダンゾウが、とりつかれたように自己犠牲を信条としている事も、成る程、理解できる。


力をつけた今 他人の存在を忘れ 驕り“個”に執着すればいずれ…マダラの様になっていくぞ

どんなに強くなろうとも全てを一人で背負おうとするな…
そうすれば必ず失敗する

火影になった者が皆から認められるんじゃない 皆から認められた者が火影になるんだ
…仲間を忘れるな


イタチは、いずれ里を背負うであろう、ナルトに柱間と同じ轍を踏むな…と言っているのかもしれない。
ここでフォローを入れる訳ではないのだけれど、余りにも抜きん出た力に、まわりがついてゆけず、柱間は一人で何もかも背負い過ぎてしまったのかもしれない。そして、方向を見誤り失敗した…



なあ九尾……… オレはな
いつかはおめーの中の憎しみもどうにかしてやりてーと思ってる(NARUTO 539話)

千手柱間にナルトのような懐の深さがあれば、今、うちはマダラが現れるような事はなかったし、トビも存在することはなかった、ミトやクシナは人柱力になることなく、柱間やミナトと出逢っていたかもしれない‥‥
長門や弥彦、小南も幸せに暮らせたかもしれないし、ペインも当然、存在しなかった。
尾獣達も封印され、今よりも平和な世界だったかもしれない‥というふうに、うちは一族を徹底的に擁護してみたのですが‥‥



い・き・な・り

焼き殺そうとするし、(女性にも躊躇なく)斬りかかるし、挙げ句にはアクシズ(隕石)落としまで‥た、ただの悪党じゃない(笑)
こんなの落として自分はどうするつもりなんだろう‥須佐能乎で防げるレベルなのか?


穢土転生でよみがえった事は計算外のようでした。
長門を倒され、トビが計画を変更した際の影響は否定できません。
そこへカブトが絡んできての穢土転生です。あらかじめ用意されていた別ルートはサスケの輪廻眼覚醒→マダラ輪廻転生だったはずですが、、、待つのが嫌だったんですかねぇ‥トビ。

穢土転生のように塵芥で出来た造り物ではない、本物の身体はどのように、調達するつもりか‥と疑問が起こります。いかに陰陽遁を駆使した所でうちはマダラを造り出す事は出来ませんし、可能であるならトビは柱間の細胞培養をしていません。
‥‥トビのアジト、外道魔像のカットのひとつに、誰かが外道魔像とリンクしているように見える描写があったんですよねぇ‥
細胞培養で生きた柱間を造り出してしまうトビは、他には誰も造らなかったのでしょうか?
あえて、どの場面かは書きませんから興味があったら探してみてくださいね。


あ!ほんとは笑いどころでは無いのかもですが、我愛羅、マダラを須佐能乎の中から引きずりだす(笑)→ついてこない須佐能乎バリアー(笑)
なんて簡単な(笑)その程度のものですか(笑)





長門に似てます‥瞳は親族間でのやりとりに限定されているはずです。。。


写輪眼→輪廻眼については

552話 火影の条件 ! !



全てを焼き尽くすまで消えないはずの天照の黒炎を何故、消せるのか

でも少し書いてますのでよろしかったらどうぞ。
ようこそ!!
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