NARUTO ナルト ブログ・ふりやまないあめ 2010年05月

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Misery likes campany

災いは道連れが好き、この言葉の響きが気に入っている
だけどいまだに意味がわからないんだ、わかればつかえるのに

明日になれば違う気持ちになれるかもしれない、だけど今は心が迷うばかりで言葉にならない





■NARUTO 巻ノ五十一 170頁

サスケがダンゾウとの戦いのあと、マダラに唆され香燐にとどめをさすように見える場面
サスケは手の平に雷遁チャクラを集中させて何をしようとしてたのでしょうか?





雷の性質を持つチャクラって反射神経に影響を与えて伝達速度を上げたりできます。

そのように人間の体の神経系統に影響を与える事ができる性質を持っているのであれば、細胞や体の機能を一時的にでも活性化させ延命させる事も十分期待できます。
仮にデリケートなチャクラコントロールが必要だとしてもサスケにその心配はいらないでしょう。





サクラが現場に到着したと同時に雷遁チャクラを纏った手をすぐさま止めたのは他でもなく香燐に延命措置を施す行為を誰にも見られたくなかったからとしか私はとれません。



止めをさすならサクラに見られたって構わないはずです。
本当に止めをさすつもりなら・・・


延命行為ならばサスケは、その行為を他人に(自分を知るものなら尚更) 見られる事も、その行為を見た第三者から(自分が)延命行為を施した事が香燐に伝わる事も嫌うはずです。


だって、サスケは香燐や仲間を自分から遠ざけたかったんだもの。引き返せない道を歩かせたくなかったんだもの。
怖いサスケを演じ一緒懸命だったんだな、って私は考えてます。

結果としてサスケの思惑通り、香燐は助かりましたよね。表向きは捕虜でも手厚い木ノ葉の保護を受けてます。


自分の進む道に帰り道が無い事をハッキリと自覚した彼なりの覚悟、不器用すぎる最善の荒療治だったに違いありません


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※本記事掲載画像はmaccoGL様とは一切関係ありません。
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昨日のナルト

あらたまって記事にする程ではないけれども、
普段アニメーションのナルトは全然見ないのですが…昨日は人の車の助手席に乗っていて、、、拒否できない状況で見ました。少しだけ。
 
 
 
地獄道が黒い丸眼鏡の忍を吊るし上げてる場面でした。
最初は「ウゲッ!!」←(そこまで見たくない頑固者)
って思ったのですが内容よりもバックに流れているストリングスがとても綺麗で… 
 
でも、なんか直ぐに時代劇調のセンス無い音楽に変わっちゃって…なにも忍者ストーリーだからって和太鼓打っ叩かなくてもね~
 
 
 
いや、内容も見ましたよ、本当、原作通りで(少し違ったけど…ま、許容範囲内)
 
木ノ葉丸君の台詞がカッコ良かったな♪
「そんな道の先にナルトの兄ちゃんはいねーから!!!」
 
 
 
で、アニメーションが終わった後のおまけ、あれは何?
いつもああなの?
 
あのノリ、許せないわ。やっぱり見ないのは正解かもしれない。
来週はシズネちゃんも死ぬし、
 
でもね、香燐は黒髪が似合うとあらためて思います。
 
 
まあ、今回は書き捨てということで
 
 
 

Like reflections on the page The world's what you create


その気になって、
その気になって感情を表せばいい

目を閉じて今まで知っていた人達を見るんだ

開いて、
開いて関わりを持とうとしなくてもいい
誘いだして思い出を外に押しやるんだ







ページに映し出されたように 世界はお前が創るものだ

Black Clouds & Silver Linings


若くして誇りに満ちた我が祖国
しかし頭上には暗雲が立ちこめる
髪を伸ばす、殻に閉じこもる
だけどもう隠し通せない
恐怖、きっと振り払うことができるのだ
そして思える日は必ず来る、我こそ勝者だと

tails~尾獣を外道魔像に封印した順番と、五・六・七尾の描写が端折られた理由を検証する


尾獣の封印順についてイタチと鬼鮫が話しをしているシーンに、『九尾は最後に封印しなければならないと決められている…でなければバランスが崩れ封印像が砕け散るとそうリーダーが言ってましたが』(NARUTO 巻ノ三十九 69頁)とあります。

‥‥非常に曖昧なセリフです。あたかも一度失敗し、封印像が砕け散った事がある‥‥そんな印象をうけます。

一尾から順に‥尾獣が内包しているチャクラの量を気にして徐々に、という話なら分かります。
しかし、バランスの狂いを気にしているわりに他の尾獣の封印順が適当な事に検証していくと気が付きます。



☆一→三→二→四→八尾は作品中で封印時の描写があります。
なので、不明である五,六,七尾の人柱力の捕獲順を順をおって検証、説明してゆきます!





【外道魔像の目の位置と尾獣の封印箇所、及び封印順の検証結果】


下記の漢数字は尾獣の種類で順番ではありません


□□□□□□□
□□□□□□□
一九八□
□二□三四□
□□■■■□□
□□■■■□□
□□■■■□□


【封印順】
五尾>六尾>一尾>七尾>三尾>二尾>四尾>
八尾(失敗)>>九尾(失敗)


※黒字は確定、赤字は空き位置は確定されているが尾獣の種類が不確定

つまり五,六,七尾の内、二体の尾獣が最初と二番目、残りの一体も四番目までには封印されている事が分かります。




【封印順の根拠と解説】

封印像には九つの閉じた目があり、尾獣の封印に伴い、閉じている眼を開眼していきます。



一尾人柱力を封印している最中ですが、既に二つ開眼している事を確認できます。





一尾封印直後、三つの眼が開眼している(NARUTO 巻ノ29 161頁)


一尾を封印した時点で外道悪像の目は先に二つ開眼されており
既に二体が先に封印されている事がわかります。

※二体とは、前述した五,六,七尾の内のいずれか二体を指します。


仮にその二体を五,六尾と仮定するならば五→六→一尾の順が暫定的に決まります。




三尾封印直後(NARUTO 巻ノ三十七 36頁)








そして、『三尾が終わり次第二尾も封印する』(NARUTO 巻ノ三十六 176頁)という天道のセリフから
五→六→一→三→二尾の五つの順番が確定しますが、




五番目である二尾を封印し終えた時点で外道魔像の目が六つ開いている(NARUTO 巻ノ37 47頁)事に注目しなければなりません。


二尾封印直後拡大(NARUTO 巻ノ三十七 47頁)


※三尾を封印した直後に五つ三尾封印直後(NARUTO 巻ノ三十七 36頁)
開いているという事、一尾を封印した後の外道魔像の開眼数が三つだったことを根拠に、五・六・七尾の内、一尾より先に封印された二体以外の残り一体が四番目に封印された事がわかります。

五→六→一→→三→二が確定しました。



次に四尾の封印直後に封印像の七つ目の眼が開きます。
(NARUTO 巻ノ三十九 92頁)

これで五→六→一→→三→二→四尾の封印順が確定します


五尾、六尾、七尾の順番に限っては暫定的ですが、一尾から順に封印されたわけでもないしバランスに気を使っている様な印象はありません。

時系列で誰が何尾を狩ったのか考えてみるのも面白いかもしれません


テレビアニメの尾獣の封印順は(その後のテレビ版オリジナルストーリーの展開も含めて)、意図的に変えたりする事もあります。詳細はお答えできません、、、(集英社/少年ジャンプ編集部)との事です。

まあ、テレビアニメは原作と比較すると尾鰭、背鰭がくっついていて、世界観を壊す事もしばしば、
徹底してこだわる価値のある程、背景も屋台骨もしっかりと練り込まれ組まれた素晴らしい作品なのに本当、もったいないです

※本記事におけるの封印の順番の検証は原作を対象としており、テレビアニメでの描写は排除しております。原作を元に検証したものです



オ・マ・ケ

五,六,七尾の尾獣・人柱力の登場・捕獲・封印・描写を端折ってしまった背景を探る


以下の尾獣の詳細は岸本先生が公式に人柱力や尾獣の設定を発表するかなり前から出回っていたものです。
記された尾獣は妖怪や神獣として古くから日本に伝えられてきたもので、誰かがとってつけたような《創作》尾獣ではありませんので、興味のある方はご一読下さいませ。


■作品設定
◎発見、又は疑いのある設定
□尾獣名/説明は文献のまま

【一尾】
尾獣名□守鶴
人柱力■我愛羅

守鶴は狸の姿をした尾獣で、風と砂によって殺された人々の魂に住む。
風の神として崇められ、砂と風を操り砂嵐を引き起こす。



【二尾】
尾獣名□猫又
人柱力■二位ユギト
   ◎長門
猫又は猫の形をした尾獣で死の力を司る。死神のペットとされており死んだ人の霊魂を餌とし死人を彼のために戦うよう操る。闇の神として崇められている。



【三尾】
尾獣名□磯撫(いそなで)
人柱力■無し(やぐら)
   ◎鬼鮫

磯撫はおでこに尖った角をもつ鮫の形をした尾獣で、日本の西の深海の中に住む。磯撫は鮫肌と呼ばれる小さな魚を服従させており、鮫肌は磯撫の腹部に付着して磯撫の食べたものを吸収する。水の神として崇められている。



【四尾】
尾獣名□鼠鮫(そこう)
人柱力■老紫

鼠鮫は爬虫類の形をした尾獣で、富士山の近くに住んでいるといわれている。 鼠鮫は半分鶏、半分蛇の怪物で毒をコントロールするのに長けている。その毒の為に周りのものは全て衰え死んでいく。


【五尾】
尾獣名□彭侯 (ほうこう)
人柱力■ハン
◎角都、もしくは須佐能乎、八咫鏡装備のイタチ

彭侯は五つの尾をもった犬の様な尾獣で、それぞれの尻尾が、風・水・土・雷・火の元素の力を司る。又、幻術の神として崇められており巨大な老木の中に住む。



【六尾】
尾獣名□雷獣(らいじゅう)
人柱力■ウタカタ
   ◎うちはサスケ

雷獣は鼬(イタチ)の形をした尾獣で、四つ足にとても尖ったかぎづめを持っている。雷の神として崇められており巨大な量の電気を戦闘の助力として使える。




【七尾】
尾獣名□貉(かく)
人柱力■フウ
◎デイダラ

貉はアナグマの形をした尾獣で、7つの尻尾を持っており、土の神として崇められている。貉は餌を土の中で捕獲し、標的のいる場所の下の地面を破壊し餌をそのまま開いた口の中に落下させる。
地上では手元に粘土がある限りどんなタイプの生き物にも変身できる。




【八尾】
尾獣名□八俣大蛇
人柱力■キラービー
   ◎大蛇丸

八俣大蛇は蛇の尾獣で、八つの頭と尾を持っています。
魔界の力を持つ悪の象徴とされている日本最大級の魔獣。
八つの頭はそれぞれ「魂・霊・悪・悪魔・怪物・殺・死後の世界・死」の八つの象徴を表しているとされています。

八俣大蛇の力は八神一族が受け継いだと伝えられており、一族に千年以内に天才が現れれば、八俣大蛇の能力を目覚めさせヤマタノオロチは完璧に回復すると伝えられている。
その目的が達成されれば重い任務を背負ったこの天才はヤマタノオロチの新しい力を見につける為の新しい媒体となり滅ぼされる。




【九尾】
尾獣名□九尾狐
人柱力■うずまきナルト

九尾は狐の尾獣であり千歳ともなれば最高位となる。
尻尾の数も九本に増え、黄金色に輝く体を持ち人を喰らう。悪いイメージが強い九尾狐だが日本では神獣として崇められている。
九つの神による古代戦争では、次々と尾獣を倒していった八俣大蛇と対戦し見事勝利。
草薙の剣に穴を開けてしまう程の無限大のエネルギーを放ったとされている。




既にキャラ設定されていたんです。おそらくは五・六・七尾が作品中に登場しなかったのは既に他主要キャラ設定で採用していた為、元々は新たに考えるつもりがなかったのだと思います。

Transmigration of souls in six ways in Buddhism


六道とは
仏教において迷いのあるものが輪廻するという、6種類の迷いある世界のことをいいます。

天道

人間道

修羅道

畜生道

餓鬼道

地獄道



仏教では輪廻を死後に趣く世界ではなく、心の状態として捉えます。

たとえば、天道界に趣けば、心の状態が天道のような状態にあり、地獄界に趣けば、心の状態が地獄のような状態である、と解釈されます。
作品では長門は 一人 でしたが一人操る、六道それぞれに役割が与えられていたように、それぞれに性格が付与されていたような気が私はします



なお一部の考え方に天狗など、この輪廻の道から外れたものを俗に外道とする考え方もあります
作品では、この外道に長門が宛がわれてますし、天狗についても木ノ葉にある、うちはの集会所の壁画に書き込まれていたりします。 (NARUTO 巻ノ五十 73頁)
この辺りからも外道と写輪眼(うちは一族)について密接な繋がりを感じますし、サスケを外道へと導き育てるマダラの考えが見え隠れしてますよね。要するに適格者なんだと思います。うちは一族は(笑)



□天道
天道は天人が住む世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれていない。天人が死を迎えるときは五つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。


作品では、弥彦の身体を天道として扱っていました。

寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどない‥‥

という説明に、長門や小南の想いが表われているようで少し切なくなります。

442話の扉絵にある弥彦の笑顔が私はとても好きなのですが、あどけない表情と無機質な死を感じさせる天道の表情の対比が悲しくて強く印象に残っています。







□人間道
人間道は人間が住む世界である。四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。又、仏になりうるという救いもある。

四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界‥‥成る程、と思いません? 
 

作品ではナルトが螺旋丸手裏剣を投げた際に畜生道の女の子をかばうシーン、人間味があって好きでした。(NARUTO 巻ノ四十六 177頁)
意識体は長門一人のはずなのに、もしかしてこの人間道のお兄ちゃん、生きていた時の意識が残っていて、女の子を助けたのかしら‥なんて思っちゃったり。。。
ま、戦術面での重要度を考えた長門の判断なんだろうけど、女の子を救う場面が自分的には、ちょっとイカしてました。パチパチ



□修羅道
修羅道は修羅の住む世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。

三つの面(顔)は喜怒哀楽から楽を抜いたもの…と聞いた事があります。(定かではない‥汗)
作品中でも顔の両側面に顔が現れますが、それを表しているのだと思います。
一番、好戦的で何を考えているのか分からない気味の悪いペインでしたね~

あっ!自来也様に酷い事して!
くっ‥茶坊主、キ・サ・マぁ!!視覚的に許せんな~、バキボキ?

自来也様の回想に、爽やかな?笑顔の体育会系筋肉ダルマのワンカット(NARUTO 巻ノ四十二 38頁)がありましたが、テレビでは無愛想な傀儡師でした。(これだからテレビは‥‥ブツブツ)





□畜生道
畜生道は牛馬など畜生の世界である。ほとんど本能ばかりで生きており、使役され、なされるがままという点からは自力で仏の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。


自来也様との再開に赴いたペイン、畜生道の無慈悲な振る舞い、耳を貸さない頑固さは最初、私にはとても不思議で疑問の一つでした。

何が疑問だったのかと言うと、命を守る術を教わり、守り育ててくれた自来也様に、感謝の気持ちや情を抱くどころか初めから殺害するつもりで向き合った事に、です。
過去に、今に、未来に、絶望し人類補完計画もどきを発動します~というような見事な壊れっぷりでした。

侵入者を殺す為にこの体で出張ってきたんだ
(NARUTO 巻ノ四十一 37頁)
長門は侵入者を自来也様と確認する前にこの体、畜生道を選び、侵入者狩りに赴きます。

要するに畜生道に付与された性格、性質は、問答無用で情け容赦のない、
私情を一切挟む事無く、自分の(長門)持つ考えを侵入者にしらしめ、みせしめ、思い知らせ、無慈悲に殺害する、固体だったと思うんです。


私が思うのは、もしも最初から侵入者が自来也様だとわかっていた場合でも長門は畜生道で赴いたのか?という思いがある。
自来也様だとわかっていたなら本体、長門が直接にあっても良かったんじゃないかな‥と。
聞きたい事、あったんでしょって叩いてあげたいよ
(;ω;`)



□餓鬼道
餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。旧暦7月15日の施餓鬼会はこの餓鬼を救うために行われる。

とても便利で面白い能力を持つペインでした。
チャクラを無尽蔵に吸い込む所に驚きましたがペインにしては何ともマヌケな最後でしたが、
物理攻撃に弱い訳ではなくて盤石に近い忍術に対する防御と比較して物理攻撃に対する免罪符は持ち合わせてないだけ、のはずなんですがキチッと線引きしてあって(笑)



□地獄道
地獄道は罪を償わせるための世界である。
日本仏教では、死後に人間は三途の川を渡り、閻魔大王の裁きを受け、罪のあるものは地獄に落とされる、と信じられています。
地獄にはその罪の重さによって服役すべき場所(地獄)が決まっていて(焦熱地獄、極寒地獄、賽の河原、阿鼻地獄、叫喚地獄など)
罪を償い終えたものは輪廻転生によって、再びこの世界に生まれ変わるとされています。

この二人はあまり目立って台詞もなかったし、印象薄いんだよね、ごめん。地獄道なんて大層な役回りを授かっているのに、木ノ葉丸にやられちゃって、コレ



このうち、地獄から畜生までを三悪趣(三悪道、あるいは三悪、三途)と呼称し、これに対し修羅から天上までを三善趣と呼称する場合がある。また地獄から修羅までを四悪趣と称することもある。

また六道から修羅を除いて五趣(五道)と称すこともある。
初期仏教では、地獄・餓鬼・畜生・人間・天上を五趣とし、修羅はなかった。 つまり五趣の方が六道より古い概念とされる。

これは当初、修羅(阿修羅)が、天部に含まれていたもので、大乗仏教になってから天部から修羅が派生して六道となった。したがって、これらを一括して五趣六道という。

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最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
God bless♪|・`)ノ


【ナルト世界を探る 六道 Rewrite 2010.0511】


※本記事は過去に発信した記事ですが大部分を加筆修正した記事ですので新記事扱いで掲載いたします。

A-rigato.言えなかった言葉

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話の流れで必要な部分だったのだろうけど、ありゃ(NARUTO 巻ノ五十一 132頁)無いです。 香燐ごとダンゾウを串刺しにするとは想像外でした。想像外を軽く飛び越えていますが(汗

そして仕留めた後の一面ぶち抜きの気も触れんばかりのサスケの表情(滝汗

人が徹底的に追い詰められた先の潜在意識に潜む(であろう)狂気が余りにもリアル過ぎる。この辺、実は少し?とても理解できたりするのですが(汗 失うもの無くなった時の人間て本当怖いし、損得抜きになるからね、案外簡単に想像外の行動とれるものなのよ。
初めて見た時、思わずパタンと本を閉じたな~何か痛くて。
そして、いけないものを見てしまったような錯覚。

いや、何はともあれサスケファン←(私の事ね(笑)HN見れば一目瞭然)の事も少しは考えてもらいたいものです(汗

ま、でも、ショックを受けたままでは、つまらなくなってしまうので精一杯、ポジティブに考えようかなと思います。

サスケの忍としての資質、素養って兄貴譲りであんなに凄いのに、メンタル面が弱いというか、不器用な一面を持ち合わせているじゃないですか、

特に自分の気持ちの表現の仕方に際立って難があると思います。

生い立ちがそうさせている部分もあると思いますが

簡単にいうと、サスケって有難うと思っても素直に「有難う」と言えない不器用な奴です。

「香燐、もう引き返せなくなる。これ以上ついてくるなら本当に殺されるぞ、重吾と水月にも伝えてくれ」って言えば、
香燐はついていくのを止めたでしょうか?

それとも、
もう少しきつく「ついて来たら殺す」と言えば、よかったのでしょうか

香燐なら、前者の言い方など端にも留めなくて、、、多分、後者の言い方でもサスケェとか言いながらしつこく、追いかけていったかもしれません。

今までも、今回も(水月や重吾も含め)香燐の存在はサスケにとって本当に力になったはずです。

思い返してみれば、一人孤独を気取ってた割に、仲間には何かと恵まれています。

そのせいもあってか、サスケは仲間との絆を知り、仲間を大事に思う気持ちを脳みそでは理解出来ているのです。不器用なだけで。

最後の最後でダンゾウに打ち勝てたのも、危険を省みず戦いに身を投じた香燐のおかげと言っても過言ではありません。

しかし、それが逆にサスケには怖くなったのではないでしょうか
現に八尾戦、天照の飛び火で彼女は死にかけています。


個人的な復讐で、一国を代表する火影を殺害した事実に変わりはありません。(事実関係をしっかりと糾した訳では無く、浅はかでした)

最早、一刻の猶予も儘ならないでしょう。

これからは、サスケはどんな弁解も許されない状況におかれる事になります。
木ノ葉と同盟を結ぶ国々、五大大国、全ての忍が総力を挙げてサスケの首を捕りに襲い掛かってきます。

サスケに突き付けられた現実は“死”そのもの、それ以外はありません。
サスケもその事を重々、理解しているはずです。

もし、今回のサスケがとった行動が香燐や仲間の安全/命を考え、自分との繋がりを絶つ為の方法だったとしたら?

そんな時、一番、効果的で、一番、手っ取り早い、最も確実な方法とはなんでしょうか?
時間はもうありません。
マダラの眼さえも、遠ざける必要があります。

最も、確実な方法とはなんでしょうか?

不器用なサスケが考え抜いた、最も不器用で確実な方法、

あの時、サスケが香燐を刺さなければダンゾウが香燐を確実に殺していたかも、、と、
私はそのように考えてみる。

あれだけの狂気をみせられた香燐はサスケの思い通りに彼から離れていくはずです。
勿論、鷹の仲間も




「動くな…香燐」
(NARUTO 巻ノ五十一 131頁)
このサスケの台詞だってそうです。香燐の生死を問わずダンゾウを仕留めるのが目的ならば、黙って串刺せばよいものを、わざわざダンゾウにこれから何かしますよ!とお知らせしている。

香燐には何がなんだか分からなくてもダンゾウのような手練中の手練に、その合図は不要だったはずです。
距離をとられたり瞬身の術を使われて逃げられて仕舞う事だって考えられます。

しかし、ダンゾウはシスイの写輪眼が残っている事、香燐を人質に捕っている事に油断、驕りがあった…
サスケはそれを計算ずくで、更には写輪眼でチャクラ(経絡系)の流れを見切り(デイダラ戦でも見せたようにサスケにはそれができます)、香燐の身体のどの部分が急所で、どの部分なら突き刺しても死に至るダメージを与えないで済むかを考えながら戦っていたかもしれない。
その為の「動くな…香燐」としか私は思えないのである



惜しむらくはサスケ、その眼で人の心までは見切れないものなのか?月読、天照、須佐能乎と既に異次元、神憑った強さではないか


その眼に出来ない事はないように思えるのだが…





今回よりダンゾウという書き方を改めて、忍の世の為、木ノ葉の為に尊い命を犠牲にされた、木ノ葉の英雄、六代目火影ダンゾウ様と改める事にします。





最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
God bless♪|・`)ノ


【言えなかった言葉 Rewrite 2010.0507】


※本記事は過去に発信した記事なのでコメント欄は閉じてあります

自来也 もうひとつのDyingmessage


タ,31,8
106,7
207,15


本物葉意無椅(ほんものはいない)=(ペイン六人の中に)本体は居ない

これは、あくまでも私個人の感想としてですが、ダイイングメッセージとして、どうしても伝えなければならない程の重要な内容であったかと言えば、そうは思えないんです。

ダイイングメッセージとはその性質から、どうしても伝えなければならない重要な内容だと受け手は錯覚し捉らえてしまいます。

それは時として犯人の正体だったり、何かの秘密を解く重要な鍵だったり。

本物葉意無椅、この場合はペインの攻略にあたっての留意点が書かれていた事になりますが、フカサクやシマでも知っていてわざわざ暗号化までしてダイイングメッセージにせずとも木ノ葉側には六道ペインの像容は自然に伝わったと思います。

その為、ダイイングメッセージとして託す内容にしては、どうしても違和感が残ります。


ナルトがペイン六体との勝負に勝てたのは事前情報があった事も勝因の一つではありますが、ナルトの仙人モードによる仙術の部分がほとんどを占めていると言っても過言ではありません。
事前情報のみで勝てるような相手でもありませんし

仮に、事前情報がなかったとしてもナルトは勝利し、そこには居ない長門の存在を掴み、自来也様の教えを思いだし、考え、勝利したと思います。

その事からも、私には自来也様が最後の最後に本物葉以無椅を伝えたくて蘇生したとは到底思えないのです。



今際の際、自来也様の遺したもの、最後にナルトに何を言いたかったのか、何を伝えたかったのかを自来也様の気持ちになって今一度考えてみたいと思います。


本物葉意無椅(ほんものはいない)これではフカサク様のおっしゃる通りで、あまりにも漠然としていて意味が通じず、尚更、わざわざ暗号化する意味もなければ、重要事項にも思えないのです。
戦いの場にいた当事者(フカサク様)ですら、ハッキリと意味の通じない暗号を綱手やナルトが本物葉意無椅(ほんものはいない)と知らされた所でわかるわけもなく、このままでは、ダイイングメッセージとして役割を果たす事はできません。


自来也様に迫る事態は急を要していました。
襲い掛かる相手に一刻の猶予も無かったはずです。
しかし、長門は何故、自来也様にたいして冷酷無比だったのでしょう。感謝こそすれども恨む理由はないはずでは?

ナルトとの戦いの中でも自来也様を認めていたと話しています。
(巻ノ四十八 64頁)

何か裏側が(長門に考えが)あるとしか思えません。



漠然とした内容なだけに、私は暗号化せずに本物は居ないとフカサク様の背中に彫れば良かったと思ってしまったのですが、

最初の一文字、数字の9に見える《タ》、これは個人識別だったのではないでしょうか?

今でいうIDみたいなものです。ナルトしか分からない、数字の9に見えるクセのある文字のを使う事で、ほかの誰でもない、ナルト宛ての自来也《発》のメッセージだということを自来也様は発信していたのではないでしょうか?


私は癖字(タ→9)以外の数字の並びは全て出鱈目ではないかと考えています。

それ以外の言葉は書かない。
あえて、書かない事がダイイングメッセージだったのではないでしょうか

まあ、一つだけ自信を持って言える事は、メッセージに相手を打ち負かす必勝法や後略方法が書かれている訳がないのです。自来也様ですから‥


分かったぞ! ペインの正体が!! (NARUTO 四十二巻 43頁)正体とは、紛れも無く憎しみという名の魔物であり、長門の事を言っているのではないと私は考えています。
皮肉にも、かつて自分が教えを授けた弟子がその魔物に憑り込まれ、人々を苦しめている

消えゆく意識の中で大蛇丸の言葉を思い出した自来也様は、己の業の深さを噛み締めたのではないでしょうか?

長門を一人にしてしまった事への後悔の念です。誰もがナルトの様に強い心を持っている訳ではありません。

しかし、救われる部分はあります。

ナルトが読んだ自来也様の本に長門は大きく関わっており、
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間接的に長門は自来也様とナルト両者を導いているのです。

自来也様の選択した予言の子は、ナルトも長門間違いではなかった、と言わざるを得ません。

従って、自来也様の遺したメッセージに(長門)相手を打ち負かす必勝法や後略方法が書かれている訳がないと私は思うのです。


憎しみの連鎖を断ち切る。問題はそれができるか、できないかでは無く、その事に自分で気付けるか、気付けないのか=自分で気づかせる事が大事だったのではないでしょうか

ナルトでさえも最後の最後まで右に行こうか、左に行こうか迷っていました。 痛い程、よく分かります。人間て‘そーゆーモン’だと思います。

エロ仙人はオレの事を信じて託してくれた・・・

ならオレは・・・エロ仙人の信じた事を信じてみる
それがオレの答えだ

だから・・・お前達は・・・殺さねェ

師の信じた事を信じる。
(NARUTO 巻ノ四十八 93頁)

自分で気付けないうちは、どんなに偉ぶって説教してみても、優しく囁いてみても、心の弱い人という存在はどうしても ぶっ殺してやる になっちゃいますから、、、
教える事は簡単、だが、自分で気づかない事には全く意味がない、気付かないうちは(兄弟子のように)魔物にのみこまれてしまうぞ、という自来也様の隠された想い


それが、もうひとつのDyingmessageなのではないかな


自分で辿り着いたナルトが大好きです。お見事♪
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最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
GWいかがお過ごしでしょうか?
God bless♪|・`)ノ

ようこそ!!
★(。・_・。)ノ週間連載の感想記事は発売日以降にアップしています♪
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