NARUTO ナルト ブログ・ふりやまないあめ 2011年10月

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559話 増援到着… ! !

『……いや……今はマダラと名乗っているとか』(巻ノ52 134頁)
というカブトのセリフは、トビと“うちはマダラ”が別人である事をその時点で既に匂わせるものでした。
“うちはマダラ”本人に向かって『今はマダラと名乗っているとか』とは聞きませんからね


生きている事に、無理を感じつつも流され、馴れてきた今になってこの新展開!

無1/2(にぶんのいち)が、術者(カブト)は『戦争をよく理解している』なんて感心してます。。。
う~ん、分裂して脳味噌も半分になっちゃったのかもしれないな、

無1/2は本体が封印されても動き回っているし、術だって使えるからね。
うちはマダラも無1/2みたいに半分だけになってたり‥‥なんていうのも有り?




まあ‥‥何はともあれ、闇におちてゆくサスケを卑猥な視線で見つめるトビとは、少なくとも別の個体であった事を示すこの描写は、個人的には歓迎したいと思います。
そうこなくては‥‥ニヤリ




穢土転生でよみがえった忍に共通して言える事のひとつに、死後の時代の流れや状況を把握していない事があるのですが、
(ま、当たり前っちゃ当たり前なんですけどね‥‥ミナトは封印されているだけで、いまだに「死んでいない」から時代の流れを把握できていたのかなって考えると、切ないし、どうにか(戻ってこれないのか)ならないのかなって思う)

そうすると、長門という存在、そして、その長門が輪廻眼を持っている事を知っているマダラは、第二次忍界大戦中期~末期くらいまでは生きていた事になります。


ですが、長門が生まれた頃(※推定約35年前~40年前)と、うちはマダラが亡くなったであろう時期の姿がどうもシンクロしません。



穢土転生はどの対象人物も亡くなった時期の姿のまま、若返ったり歳をとっていたりはせずに、よみがえっているのが通例なのですが、
終末の谷の戦いの時に、仮に10代後半だったとしても軽く30年は経っているのに、マダラの姿がその時のままであるのがどういう事なのかが、今一つ解せないのです。
若く見えるけど、実は50歳位なんだよって言われてしまえば、お仕舞いなんですけど→子(笑)

※時系列年表を作成中です。出来次第アップします。(イタチ0歳~をベースにしたもの)



●トビの実像にせまる


永遠の万華鏡写輪眼!
弟の眼は新しい宿主を得る事で永遠の光を手にいれたという…

そしてそればかりか変化を起こした

特有の新しい瞳術がその眼に生まれたのだ(NARUTO 巻ノ42 125頁)


‘特有の新しい瞳術,‥‥私はこれが輪廻眼の正体なのではないかと書いてきましたが、その仮説そのままだとすると、トビが輪廻眼を持っていたのは何らかの理由で、その変化を知っていた、もしくは気づいていたという事が考えられます。

つまり、永遠の万華鏡写輪眼が変化を起こす場面、レアケースに立ち会った当事者という事が考えられるのです。


もしくは、提供された眼の角膜を摘出し、移植手術を行える高度な医療技術/忍術を持つ人物‥‥例えば、封印術に秀でたうずまき一族のようなノリで、医療忍術に秀でた薬師一族‥、とかね‥(汗)例えばですよ!


■角膜とは

眼球の先端、瞳孔をカバーするようにあたる透明な部分(※眼球を真横からイメージしてみて!)の事で、五層もの膜で構成されいるのですが、厚さはたった0.5mm程度しかありません。
技術や知識の無い者が、到底扱える代物ではなく、残念ながらパズルをはめこむように眼球は簡単におさまらないのが現実です。

これだけでもトビが‘普通,ではないとわかります。
トビの場合、チャクラ刀やら巻物に書かれた呪文のようなものを用いた移植手術ではなく、オーソドックスな医療器具を用いている事を確認できますから、医療忍術というよりは、もしかしたら医学的知識/技術があるお医者さま系かもしれません。
生きた柱間を細胞培養で完全な形で再生してしまう現代医療の最先端並の高度な知識、技術力がありますからね。いやいや、底が知れません。




角膜って、水晶体<角膜(1:9)位の比率で、目に入ったの焦点を合わせたり屈折させたりして調節する役目を担っているので、この部分(角膜)に異常‥、具体的に書くなら、外傷的なものから遺伝的なものを含め、少しの変形や変質がおこるだけで、見たものを網膜に上手くつなげる事ができなくなります。‥‥『光を失う』のです。

見たものを角膜、瞳孔、網膜を通して視神経、脳という順に像を伝えるという仕組みで考えるなら、
眼を見るとかかってしまう写輪眼の幻術の仕組みは、脳から発信された意志が視神経を伝わり、網膜、変化を起こしている瞳孔を中心に経由して、それぞれの特性を帯びた角膜からチャクラ/瞳力が放出される仕組み、角膜は瞳力/チャクラの最終的な出口なのだと仮説がたてられます。


→万華鏡写輪眼を使う度に、瞳の形状を変化させ、角膜を多量のチャクラ/瞳力の出口として酷使する ズキッΣ(ノд<)





→次第に網膜へ見たものをつなげなくなる

→失明

というふうに。

イタチが作品中を通して、ほぼ写輪眼を常時発現させていたのも瞳の変化を極力おさえ、角膜(眼)になるべく負担をかけない為の計算されたものだった‥と考えると合点がいきますね。



漫画=仮想の世界に、あまり現実を重ね過ぎるのもナンセンスかな~と思いますが、

よろしかったら今しばらくおつきあい下さい(^ー゜)ノ

眼軸ごと=眼球そのものをまるきり交換する移植手術は、血液型の問題や拒絶反応などの観点から非常に難しいと思います。

仮に血液型の問題をクリアできたとしても、臓器移植ってそんなに簡単なものではありませんから、後々様々な手間や無理がでてくる‥他人の目玉をはめこんで具合の悪くなる所ならいくらでも想像つきますが、前よりいろんなものが見えるようになるなんてあり得ないんですよね。。。
カカシの眼軸ごと移植→即機能なんて、まさに漫画の中の話になってきます。だから漫画なんですけど(笑)

眼球の中で唯一、血管の通っていない角膜を摘出し、移植する角膜移植というのが正解で、眼球を奪ったり、眼軸=眼球ごと保存液につけていたりするショッキングな場面が見られますが、あれは演出みたいなものです。

うちはサスケの写輪眼も、サスケの眼球にイタチの(瞳力の特性を帯びた)角膜が移植されて、あのような紋様になったわけで、イタチの眼球をくりぬいてサスケに嵌め込んだわけではないはずです(願望×1

イタチの万華鏡写輪眼の瞳術/チャクラ(能力)の引出し口になっていた‘角膜,の一部だけを移植した角膜の表層を移植する表層角膜移植手術‥
それだけの事なんです(願望×2


トビが穢土転生された人柱力達を引き連れ、迫ります。
かつて彼は『本当の平和など無い!希望などありはしない!』などと、小南の前でカッコつけてましたが‥‥‥
トビにとって、うちはマダラは長年待ち望んだ存在にはなり得ないのでしょうか?
彼にとっての平和や希望は、ここに有ったじゃないか‥と私は思うわけです。

そして、何がこの世(穢土)に彼、うちはマダラを繋ぎ止めたのか、成仏できなかったのは何故か、その想いに興味が尽きません。






※遅くなりました。見に来てくださった皆様、申し訳ありません。
海外に出掛けていて本誌を読んだのが2~3日前になります。
ザックリと書いてありますが、追々手直しするつもりです。
本誌のほうは、なんだか凄いことになってますが、ゆっくりと自分大好きペースで書いてゆきますのでよろしくお願いします.....ペコリ!

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558話 カブトの切り札… ! !

螺旋丸(惑星螺旋丸=四種類の螺旋丸)の傷痕そのままに、無(ムウ)が復活……分裂体とは別に、本体が土砂に埋まっていただけなんですが、、成る程、生身だったら、ただでは済まないほどの威力を持っているのが窺えます。

しかも、ナルトの九尾チャクラモードの特徴である生命エネルギーは、穢土転生に対しての相性が良く、再生を遅らせているのは、闇の力を打ち消す(相剋)光の力。
期せずして、九尾チャクラモードであったことが思わぬ効力を発揮したようです。
そう言えば前にも、ヤマトの木遁(廓庵入纏垂手)がナルトの九尾チャクラモードに干渉を受けた描写がありましたよね(NARUTO 巻ノ54 14頁)
新芽=命を産み出す九尾チャクラモードの圧倒的な生命力に、偽りの生命=穢土転生の力が負けてしまう‥という図式、成る程です。




■カブトが混同する口寄せと穢土転生

すでに穢土転生した忍=“あいつ”を戦場へ口寄せできない‥ってだけで、カブトが頭をかかえているなら“無視”したい所なんですが‥
以前、カブトは穢土転生の術を「口寄せの術に分類される」(巻ノ55 112頁)と言っていたことがあります。






本体が半分に分かれるだけだから(印なしで)分裂スピードは速いが…力は半分になる…あいつを口寄せするにも弱ったこいつでは少し時間がかかるな…(558話 カブトの切り札 28頁)

を、切り札を口寄せ(穢土転生)するために集中している間、縛りが弱まり手薄になる戦場を、力が半分になってしまった無では任せる事ができない、口寄せ(穢土転生)に集中したい所だけど、少しサポートが必要か…と解釈すると、43ページの(増援)口寄せへ繋がるというだけで、カブトの切り札を無が口寄せ(穢土転生)するというわけではないのかな‥と読み解いてみました。

そう言えば、三代目雷影にも同じような事をカブトは期待してましたよね(553話 主戦場到着 157頁)
その際にも、「あいつ(切札)を口寄せ(穢土転生)する間…こいつに時間稼ぎをしてもらわないとな…」と雷影の自我を奪うバーサーカーモードに切り替えましたしね

いや、来週あたりちゃちゃっとカブトの切り札を無が口寄せ(穢土転生)しちゃうのかもしれませんけどね。
この“混同”に注意しないと頭の中がごちゃごちゃになる。

こうして書き出してみると、カブトくんってセンスないなーって分かってくる(笑)
雷影や無を時間稼ぎのコマ程度にしか考えていないし、戦局を握れるほどの絶大な戦力、イタチや長門を簡単に手放してしまう‥数が多すぎて縛り切れずに結局はチョウジの羽化を助け、サイの本気を引出し、侍達を勢いづかせ、漬け込む隙を与えただけで戦術も美学?の欠片も何も感じられない。

大蛇丸ならこんなだらだらと、だらしない使い方はしないんだろうなと思ってしまう。悪いけど、カブトは器が浅い。同じ事が扉間にも言えるはずだ。
勿論、良いほうであってほしいけどね。

カブトの意識が、無と切り札の口寄せ(穢土転生)に集中しているせいか、蜃のおじさまは自我を失う事なく封印に身を委ねてゆきます。
最期まで、眼を閉じずに我愛羅の姿を焼きつけるおじさま(水影)の姿は強く印象に残りました。
土影の無だって、自分が分裂した側だとオオノキに言いかけ、封印されたのですから、『敵意』が無い事が分かる。
ナルトが(敵意を感知する)九尾チャクラモードで、土砂に埋もれているだけの無(ムウ)本体の無事を感知出来なかったのはそういう事(だと解釈!)で、続いて登場する加藤ダンも見ればわかりますが、死者という言葉では片付けてはいけない、違和感のようなものが残るのです。

ここに、術の考案者である二代目火影の意図、ヒントが隠れているのではないでしょうか、
一般的に禁術指定ではない口寄せと、尊厳の観点から禁術指定されているであろう穢土転生を混同して語るべきではない、と私は思うわけですが、

扉間の意図が分からない今の時点で、穢土転生=悪と定義してしまうのは勿体ない気がします。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ジャジャジャ~ん〓

岸本先生へ!
連載12周年おめでとうございます。
毎週毎週、雨の日も風の日も、変わらず素晴らしい作品をおくり届けてくださり感謝という言葉では表現しきれません。大切な事をたくさん教えてくれて有り難うございます〓
これからも応援していきます。

一つだけおねがいがあります。
イタチに素敵な舞台を用意してくださいね!!!有り難うございます〓←勝手にお礼(笑)


ではまたφ(..)λ≡

557話 蒸気暴威 ! !

蒸気暴威という術は、やはり水蒸気爆発でした。密閉空間の水が熱っせられ、気化し膨張すると引き起こる相互作用による水蒸気爆発

密閉空間を自分で造りだすとは思いませんでした。我愛羅のせいにしてしまった…ごめんね、我愛羅 (> <`


この密閉空間って、なんでもいいと思うのだけど、動けば動くほど水蒸気爆発の準備が整うのであるなら、もっと捕捉されにくい球体だったり、


それをわざわざ子供の姿で象るなんて
、我愛羅の砂(加瑠羅)のように、何か訳でもあるのかな‥なんて考えてしまいます。
例えば、先の忍界大戦で亡くした自分の子供だったりね(妄察スイッチ入りました→)


「…待てよ…… ! やっぱお前……金のたまごだ ! !」

二代目が何かに気付きます。


それは、少年を爆発させず、姿をのこした、敵意の無い我愛羅の心

ブチキレて、千の術を披露したり、巨大化してぶん殴ったりもしない、水影の魂を救う我愛羅の心

長門を輪廻の循環(苦しみの世界)に戻す事を憂いて、十拳の剣で封印することを選択したうちはイタチの心によくにている


水影は、単純に戦闘力を計っていたのではなく、手をさしのべる器を持っているのか、この世を変えられるを持っているのかを見極めようとしていたのではないでしょうか。


「さあ…どおやってオレをぶっ倒すんだ ! ?」

「実力で俺に勝てなきゃ‥」(56頁~57頁)

という水影の問いに、“ぶっ倒す”のではなく、“勝てなきゃ”でもなく、何にも囚われず、満点以上の解答をしてみせた我愛羅‥


自分の心を包み込んだ我愛羅の心に

『ニコッ』‥‥

神無月


重吾      10月1日
うずまきナルト 10月10日
チヨ      10月15日
猿飛アスマ   10月18日
スズメ     10月19日(木ノ葉教師)
ミズキ     10月21日
千手柱間    10月23日
みたらしアンコ 10月24日
大蛇丸     10月27日
由良      10月31日(砂の忍)





神無月
【意味】 神無月とは、陰暦で十月のこと。かみなづき。かむなづき。

【神無月の語源・由来】

神無月の語源は、神を祭る月であることから「神の月」とする説が有力とされ、「無」は「水無月」と同じく「の」を意味する格助詞「な」である。
中世の俗説には、10月に全国の神々が出雲大社に集まり、諸国に神がいなくなることから「神無月」になったとする説があり、出雲国(現在の島根県)では反対に「神有月・神在月(かみありづき)」と呼ばれる。
その他の説では、雷の鳴らない月で「雷無月(かみなしづき)」が転じたとする説や、新穀で酒を醸す月なので「醸成月(かみなしづき)」が転じたとする説がある。



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