NARUTO ナルト ブログ・ふりやまないあめ LOVE NEVER DIES!!! 2010.0804

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

LOVE NEVER DIES!!! 2010.0804

503話ミナトの屍鬼封尽!!
504話ありがとう
を読んでの考えた事

※話の核となるミナトやクシナの部分は書いていません。


ミナトの螺旋丸が見事炸裂!!
傷付けるどころか、飛雷神の術式までマーキングする冷静な戦い運びに敬意の意味を込めて驚きました。余裕さえ感じます。
だとしてもクシナやナルトの事を気にしていない訳がありません。悲壮感を感じさせない所も、よりいっそうせつなく、胸を締め付けられる思いです。
仮面は、飛雷神の術式を打たれた事によりミナトの攻撃を回避するのは難しくなりました。(次のページで早々に一撃喰らいます)
受けたダメージを殺す為なのか仮面の腕が液化しています。出血しているようにも見えますが、水月が香燐にぶん殴られた時のように液化しているのが分かります。水化の術(者の書/270頁)肉体を液化させ物理攻撃によるダメージを無効化する術‥とあります。
鬼鮫さんが仮面の素顔を見て元水影様と呼んだ台詞を思い出してしまいます。(ページをめくり左手を確認してください。わかりやすいですよ!)
更に契約封印、九尾との口寄せ契約の解約→再契約を封じる封印までうたれ、仮面はミナトに圧倒されます。ミナトはどの辺をさして“全て見切られた”と言っているのでしょうか??一枚も二枚も三枚も上手で、ここまでの戦い運びは完璧にミナトペースではないですか。

ペイン天道の神羅天征に 5秒のインターバルがあったように、仮面の忍の術、摩利支天(仮称)にもオンオフの切り替えが存在することがはっきりしましたが、等間隔ではなく術のオンオフは仮面の任意のタイミングで切り替えが可能、神羅天征のように術の使用後‥といった目安が無い分、判断は難しく効果的な対策を立てる事は困難を極めます。覚えてますか?攻撃時が必ずしも実態化とは限りません。屈指の実力者でもあるフーとトルネでさえ、そのタイミングを逆手にとられ失敗しています。にも関わらず、最悪の精神状態で未知の領域を発揮し、その上をいく四代目。自分だったら泣いちゃって、取り乱して、戦いになりません。


もしも、四代目がペイン襲来時に木ノ葉にいれば神羅天征も万象天引も全く通用せず、木ノ葉壊滅は未然に防げたのかなーなんて気がします。輪廻眼を持ち五遁を自在に操る長門も、神経の伝達速度を遥かに超越し刹那の速さで飛び回り、感情に左右されず冷静沈着に対応できるミナトの前では取るに足らない存在なのかもしれません。


幾つかわかった事をいろいろと挙げていますが、もうひとつ!仮面はこのままでは負けると判断しての退避=つまりミナトと戦っているのは絶対に倒されてはならない本体であるということ。
逃がしはしない!とわざわざ木ノ葉、九尾の元を離れ追いかけたのに、純粋な術の勝負では部が悪いと判断したのか、その時を待ち焦がれやっと手にした九尾まで奪われた挙げ句に結局逃げてしまいます。


仮面は本当にうちはマダラなのでしょうか?
余程本体を傷付けたくないのか、摩利支天(仮称)+液状化の二段構えでの念入りでディフェンシブな体制に違和感を感じずにはいられません。この仮面の戦い方は人智を超えた瞳術、卓越した個人技に長けた好戦的なうちは一族のそれとはかけ離れて違う印象です。うちは一族ではないダンゾウが、うちは一族の禁術、伊邪那岐を使えたように、九尾を操る瞳力=うちはマダラという絶対的な図式はもう成り立ちません。
皆さんはどうお考えですか?
よく、うちはオビトの体を使っているのでは?という話を見聞きしますが、彼が戦死した神無毘橋の戦いから16ヶ月しか経っていません。岩に押し潰され激しく損傷した遺体、左側の写輪眼まで失った身体を利用する事は考え難いというのが私の見解です。
仮に長門の前に外道魔像とリンクし六道を操る者がいて、地獄道が再生した身体(オビト)を利用している、というのであれば後にトビ/マダラと名乗る仮面が眼球だけを収集、ストックしている事に矛盾が生じてきます。
保存液に浸かっていたのは眼球ではなく再生したうちは一族の遺体(身体)でなくては、同一人物の行動として整合性に欠けます。


※摩利支天とは

原語のMariciは、太陽や月の光線を意味する。摩利支天は陽炎を神格化したものであるが、元々はヴェーダ神話の暁の女神ウシャスが仏教に取り入れられた姿とも言われる。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があった。
護身、蓄財などの神として、日本で中世以降信仰を集めた。楠木正成は兜の中に摩利支天の小像を篭めていたという。禅宗や日蓮宗でも護法善神として重視されている。
(Wikipedia 摩利支天より一部抜粋)



何故、ミナトにたいして優位に戦いを運べる可能性のある瞳術を駆使しないのか?火影という存在はそんなにも生温いものでしょうか!?
かつて初代火影と戦い、敗れ去ったうちはマダラなら“それ”がどれだけ高い壁なのか思い知っているはずです。九尾に幻術をかける事ができる瞳力がありながら戦いに瞳術を使わない納得のいく理由が思い浮かばないのです。九尾を操るのに瞳力を使いすぎて消耗しているようにも見えません。
うちはマダラなら月読、天照くらいは見せてもらいたいものです。須佐能乎という選択肢もあります。スピードが速く捉える事が出来ない相手には効果的な瞳術ではないでしょうか?サスケでも、という書き方が相応しいかは別にして、スピードが速く捉えることの出来ない雷影に須佐能乎を含めた幾つかの瞳術を駆使しうまく対応していました。うちはマダラならその一枚も二枚も上をいく老獪なテクニックがあっても不思議ではありません。この仮面は、九尾を操る為だけの目的に特化して写輪眼を手にし、まるで他の瞳術を使う能力(技術)が無いようにも見えるのです。


木ノ葉の里の存亡を左右する大きな戦いの場にうちは一族が一人も居ない事も気になります。里の隅に追いやられていたとはいえ、警務部隊という職責も負っている事を考えれば、気づかないはずがありません。暗部や根の実戦部隊、攻撃面に優れた忍の姿もわずかです。ダンゾウの姿も見えません。
三代目、ヒルゼンを中心にうたたねコハルや水戸門ホムラ、秋道トリフ、コートを羽織っているのは油女シクロかな?の姿も確認できます。
皆、里の一大事に命を懸けて九尾と向き合っています。

なのにうちは一族が一人も居ない。うちはカガミは?フガクはミコトは?イタチとサスケは何故置き去りに?



屍鬼封尽がなんでこんなにメジャーなんだ!!
一度しか使わない術、一度しか使えない術、どうやって習得するのかな‥誰が伝え教えるんだろう?あの時は上手くいったから、、、今回は失敗だった、次はもう少し工夫してみよう、というような熟練の過程も存在せずにどうやって術の実戦対応(精度)を高めるのだろ‥
これだけの効力、犠牲を払う術なのに印を結べば誰でもお手軽に死神を口寄せして術を行使することができるのだろうか‥?うーむ、ミナトを契約封印してしまいたい。

ミナトが結ぶ印を遠目に見ただけ、契約者ではない三代目に死神の姿は見えていない。なのに屍鬼封尽の使用を疑い四代目のお腹の封印の術式を見て認識する。初めてではないのかしら、、、本当に使うとは!?って無責任なセリフがとても目障りです。意味わかりません。教えたのはお前か、こら!!

封印対象にも術の作用する瞬間、死の間際まで見えず防御のしようがない。うん、よく出来ている。そして、クシナも術の全てを知ってるようだ。屍鬼封尽を行使すればミナトが死んでしまう事を知っている。ミナトに屍鬼封尽を教えたのは誰なのか、自来也?妙木山の蛙?いずれも違和感がある。クシナだとも思えない。
ただ、自来也がその場に居合わせなかったにもかかわらず術の行程詳細を知っていたのは何故なんだろ。…‥ミナトは九尾の陰のチャクラしか屍鬼封尽しておらん…何を見て、聞いて、そう判断したのだろうか、屍鬼封尽の一部始終はミナト(と九尾)以外の誰にも見えないというのに。
次は八卦封印、儀式用の台座、死神と違い九尾にも認識できるようだ。成る程、九尾をスケールダウンさせて、ナルトに封印するのか。‥‥フム、九尾は屍鬼封尽で死んだわけではなかったんだね。魂(陽)をひき剥がされる=死というイメージが強かった。ひき剥がす分量を任意で調節できるのか‥ミナトには陽中の陰が屍鬼封尽されて陽中の陽は九尾の中に残したまま九尾をナルトに、つまり九尾を生きたままナルトに封印したわけだ。冷静に考えれば理解できる‥けど、九尾、尾獣なんかに頼らない世界を構築する‥そういう発想はもてなかったのかなぁ。封印術をもっともっと研究したりして。ミナトとクシナたった二人であそこまでやれたんだぜ!!おせおせじゃんか!忍の世界は木ノ葉だけではないからね。

クシナの顔が綺麗でよかった。魂の平穏を現しているのかな。汗と涙と血と、眉間にしわを寄せ苦しんでいる顔ではなく、凄く綺麗です。

最後のほうのページでクシナの目に力が入るところでやっぱり泣いてしまった。
もう読みたくないと思ったけど最後に救われました。クシナってなんだかサクラと重なるな~


話しはそれるけど、イタチの須佐能乎が持っていた封印剣、酒刈太刀、あらゆる物理攻撃を防御する八咫鏡、これらの神装備は何の為に用意されていたと思う?
無駄に大きな力を望む人ではないし、意味のない事もしない、仮面の忍相手なら充分に戦える力は持っていると思う。

四代目と同じく、いづれ仮面の忍が九尾を狙い木ノ葉に災いをもたらすと感じ、その時は自分が犠牲となり始末するつもりだった気がしてならない。
一人里を抜けて、九尾が復活した時の為に準備を整えていたように思う
もしかしたら全ての尾獣を封印しようとしていたのかもしれない。そう考えると彼にとって暁は行動をおこすのに手っ取り早い組織だったように思う。
尾獣バランス云々にこだわり、里や里に生きる人達を蔑ろにし忍の世界に繰り返す憎しみの闇に辟易していたのかもしれない。国、里という枠、しがらみにとらわれて前に進めない世界を国、里を持たない立場で変えようとしたのか‥?





こんなに心が締め付けられたのは久々だった。もうこの辺で許してほしい。ぐすん(;ω;`)

「尾獣バランスのため…国のため…里のために…ナルトが犠牲になる事ないじゃない!!」‥本当にそう思う。

クシナ、ミナト安らかに
関連記事
スポンサーサイト
ようこそ!!
★(。・_・。)ノ週間連載の感想記事は発売日以降にアップしています♪
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブログ翻訳
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。