NARUTO ナルト ブログ・ふりやまないあめ 549話 イタチの問い ! ! 〔破〕火影式耳順術、廓庵禅僧……元い、イタチ、入纏垂手!!

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549話 イタチの問い ! ! 〔破〕火影式耳順術、廓庵禅僧……元い、イタチ、入纏垂手!!









入纏垂手

※入てん垂手の“てん”という漢字は常用漢字の規格外の為、変換例がありません。
以降、同じ読みの纏という漢字で代用します。




胸を露にし足を跣にしてに入り来たる


土を抹し灰を塗って笑い腮(あぎと)に満つ

神仙真の秘訣を用いず

直に枯れ木をして花を放って開かしむ





■廓庵・入纏・垂手(かくあん・にってん・すいしゅ)


中国から日本に伝わったもので、禅の修行の様子、悟りに至るまでの過程、人の心を、牛を“悟り”に見立て十枚の絵で説明した十牛禅図というものがあります。
十の境地(絵)の中のひとつに“入纏垂手”が記されています。


“廓庵” はその“十牛禅図”では有名な中国宋代の禅僧 です。






この十段階に分けた悟りに至るまでの道筋こそ、まさしく、うちはイタチの生涯‥‥彼の到達した高みは、入纏垂手の極みであったように私には思えてなりません





十牛禅図を一枚、一枚、解説する文章がありますが、実はこれらは後付けで、絵画のみが記されていたり、一枚の紙に尋牛から入纏垂手までを書いてあるもの等々、形式は様々だといいます。




□尋牛(じんぎゅう)
牛を捜そうと志すこと



悟りを探すが、どこにあるかわからず途方にくれた姿を表す




□見跡(けんせき)
牛の足跡を見出すこと。





足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。




□見牛(けんぎゅう)
牛の姿をかいまみること。



優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態




□得牛(とくぎゅう)
力づくで牛をつかまえること。




何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿




□牧牛(ぼくぎゅう)
牛をてなづけること。



悟りを自分のものにするための修行を表す




□騎牛帰家(きぎゅうきか)
牛の背に乗り家へむかうこと。

悟りがようやく得られて世間に戻る姿。




□忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん)
家にもどり牛のことも忘れること



悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。




□人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)
すべてが忘れさられ、無に帰一すること。

悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。




□返本還源(へんぽんげんげん)
原初の自然の美しさがあらわれてくること。

悟りとはこのような自然の中にあることを表す。




□入纏垂手(にってんすいしゅ)

悟りを得た修行者が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す

※童子を修行者と見立てている


※修行者をカカシや、アスマ、紅、ナルトと見立ててみれば‥‥?


“纏=てん”とは市場(市、人里)のことで、そこへ垂手(手を垂れ込めて)して、気ままに入ってくる
人の思惑や体裁を考えず、自分をはだかにして、行動し、話をし、手を差し伸べる。

第一尋牛から第九返本還源までの凄惨な修行の結果、自他の対立観念の痕跡もなく、仏道だの悟だのいう観念は全く無くなる。
灰頭土面といい、人が苦しんでいれば一緒になって苦しみ救うことが、慈悲心の現れとして自然に出てくる。


この境地に達した人は、高く深く静かな境涯にあるという素振りさえも見せないといいます。



何時も心が平静で平安であるから、ごく自然に口元がほころんでくる。

こうなれば、何も神秘的な仙人の神通力などは必要としない。

古来坐禅修行を励んだ人の中には、その精神集中力錬磨の結果、いろいろな神通力を備えた方が沢山おられた。

お釈迦様も外道との法戦でこの神通力を自在にお使いになったこともあるが、これはあくまでも副産物であって、仏道修行の目的ではない。
またそれができたとしても決して珍重することはしない。
従って十牛図においても、これを珍重するどころか、必要ないことと明言しているわけである。

※神通力を写輪眼、万華鏡写輪眼におきかえて…









第十入纏垂手の境地に至った人は、枯れ木のように精神に生気が無くなった人にも、新たな生命を吹き込んで花を咲かせるような力を持つと言うのである。
まさに「衆生無辺誓願度」の行願は仏菩薩の祈りであり願いであって、仏道修行の究極はこの外には無い。
そしてその能力は万人に既に完全に与えられ備わっていることを、お釈迦様は宣言され実行され伝承されたのである。



衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)

(菩薩が) 地上にいるあらゆる生き物をすべて救済するという願いと誓いをたて、願いが叶うまでは自分が涅槃には赴かないとする。


イタチの願い、誓いはこの外にはない


魂となっても、見守るってことですよね


もしかしたら、現世に舞い戻る事も分かっていたんだな~なんてね

ま、それは岸本先生のしるところなのですが、
衆生無辺誓願度の誓い‥が、ナルトに託した八咫烏の正体なんじゃないかな‥と私は思います。


何も障害なく、平和な世の中が構築されるのなら、イタチが再び現世に現れることはなかったのでは?

その力…使う日が来なければいいがな(NARUTO 巻ノ四十四 14頁)という言葉がここに‥つながります。




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