NARUTO ナルト ブログ・ふりやまないあめ 週間連載感想

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559話 増援到着… ! !

『……いや……今はマダラと名乗っているとか』(巻ノ52 134頁)
というカブトのセリフは、トビと“うちはマダラ”が別人である事をその時点で既に匂わせるものでした。
“うちはマダラ”本人に向かって『今はマダラと名乗っているとか』とは聞きませんからね


生きている事に、無理を感じつつも流され、馴れてきた今になってこの新展開!

無1/2(にぶんのいち)が、術者(カブト)は『戦争をよく理解している』なんて感心してます。。。
う~ん、分裂して脳味噌も半分になっちゃったのかもしれないな、

無1/2は本体が封印されても動き回っているし、術だって使えるからね。
うちはマダラも無1/2みたいに半分だけになってたり‥‥なんていうのも有り?




まあ‥‥何はともあれ、闇におちてゆくサスケを卑猥な視線で見つめるトビとは、少なくとも別の個体であった事を示すこの描写は、個人的には歓迎したいと思います。
そうこなくては‥‥ニヤリ




穢土転生でよみがえった忍に共通して言える事のひとつに、死後の時代の流れや状況を把握していない事があるのですが、
(ま、当たり前っちゃ当たり前なんですけどね‥‥ミナトは封印されているだけで、いまだに「死んでいない」から時代の流れを把握できていたのかなって考えると、切ないし、どうにか(戻ってこれないのか)ならないのかなって思う)

そうすると、長門という存在、そして、その長門が輪廻眼を持っている事を知っているマダラは、第二次忍界大戦中期~末期くらいまでは生きていた事になります。


ですが、長門が生まれた頃(※推定約35年前~40年前)と、うちはマダラが亡くなったであろう時期の姿がどうもシンクロしません。



穢土転生はどの対象人物も亡くなった時期の姿のまま、若返ったり歳をとっていたりはせずに、よみがえっているのが通例なのですが、
終末の谷の戦いの時に、仮に10代後半だったとしても軽く30年は経っているのに、マダラの姿がその時のままであるのがどういう事なのかが、今一つ解せないのです。
若く見えるけど、実は50歳位なんだよって言われてしまえば、お仕舞いなんですけど→子(笑)

※時系列年表を作成中です。出来次第アップします。(イタチ0歳~をベースにしたもの)



●トビの実像にせまる


永遠の万華鏡写輪眼!
弟の眼は新しい宿主を得る事で永遠の光を手にいれたという…

そしてそればかりか変化を起こした

特有の新しい瞳術がその眼に生まれたのだ(NARUTO 巻ノ42 125頁)


‘特有の新しい瞳術,‥‥私はこれが輪廻眼の正体なのではないかと書いてきましたが、その仮説そのままだとすると、トビが輪廻眼を持っていたのは何らかの理由で、その変化を知っていた、もしくは気づいていたという事が考えられます。

つまり、永遠の万華鏡写輪眼が変化を起こす場面、レアケースに立ち会った当事者という事が考えられるのです。


もしくは、提供された眼の角膜を摘出し、移植手術を行える高度な医療技術/忍術を持つ人物‥‥例えば、封印術に秀でたうずまき一族のようなノリで、医療忍術に秀でた薬師一族‥、とかね‥(汗)例えばですよ!


■角膜とは

眼球の先端、瞳孔をカバーするようにあたる透明な部分(※眼球を真横からイメージしてみて!)の事で、五層もの膜で構成されいるのですが、厚さはたった0.5mm程度しかありません。
技術や知識の無い者が、到底扱える代物ではなく、残念ながらパズルをはめこむように眼球は簡単におさまらないのが現実です。

これだけでもトビが‘普通,ではないとわかります。
トビの場合、チャクラ刀やら巻物に書かれた呪文のようなものを用いた移植手術ではなく、オーソドックスな医療器具を用いている事を確認できますから、医療忍術というよりは、もしかしたら医学的知識/技術があるお医者さま系かもしれません。
生きた柱間を細胞培養で完全な形で再生してしまう現代医療の最先端並の高度な知識、技術力がありますからね。いやいや、底が知れません。




角膜って、水晶体<角膜(1:9)位の比率で、目に入ったの焦点を合わせたり屈折させたりして調節する役目を担っているので、この部分(角膜)に異常‥、具体的に書くなら、外傷的なものから遺伝的なものを含め、少しの変形や変質がおこるだけで、見たものを網膜に上手くつなげる事ができなくなります。‥‥『光を失う』のです。

見たものを角膜、瞳孔、網膜を通して視神経、脳という順に像を伝えるという仕組みで考えるなら、
眼を見るとかかってしまう写輪眼の幻術の仕組みは、脳から発信された意志が視神経を伝わり、網膜、変化を起こしている瞳孔を中心に経由して、それぞれの特性を帯びた角膜からチャクラ/瞳力が放出される仕組み、角膜は瞳力/チャクラの最終的な出口なのだと仮説がたてられます。


→万華鏡写輪眼を使う度に、瞳の形状を変化させ、角膜を多量のチャクラ/瞳力の出口として酷使する ズキッΣ(ノд<)





→次第に網膜へ見たものをつなげなくなる

→失明

というふうに。

イタチが作品中を通して、ほぼ写輪眼を常時発現させていたのも瞳の変化を極力おさえ、角膜(眼)になるべく負担をかけない為の計算されたものだった‥と考えると合点がいきますね。



漫画=仮想の世界に、あまり現実を重ね過ぎるのもナンセンスかな~と思いますが、

よろしかったら今しばらくおつきあい下さい(^ー゜)ノ

眼軸ごと=眼球そのものをまるきり交換する移植手術は、血液型の問題や拒絶反応などの観点から非常に難しいと思います。

仮に血液型の問題をクリアできたとしても、臓器移植ってそんなに簡単なものではありませんから、後々様々な手間や無理がでてくる‥他人の目玉をはめこんで具合の悪くなる所ならいくらでも想像つきますが、前よりいろんなものが見えるようになるなんてあり得ないんですよね。。。
カカシの眼軸ごと移植→即機能なんて、まさに漫画の中の話になってきます。だから漫画なんですけど(笑)

眼球の中で唯一、血管の通っていない角膜を摘出し、移植する角膜移植というのが正解で、眼球を奪ったり、眼軸=眼球ごと保存液につけていたりするショッキングな場面が見られますが、あれは演出みたいなものです。

うちはサスケの写輪眼も、サスケの眼球にイタチの(瞳力の特性を帯びた)角膜が移植されて、あのような紋様になったわけで、イタチの眼球をくりぬいてサスケに嵌め込んだわけではないはずです(願望×1

イタチの万華鏡写輪眼の瞳術/チャクラ(能力)の引出し口になっていた‘角膜,の一部だけを移植した角膜の表層を移植する表層角膜移植手術‥
それだけの事なんです(願望×2


トビが穢土転生された人柱力達を引き連れ、迫ります。
かつて彼は『本当の平和など無い!希望などありはしない!』などと、小南の前でカッコつけてましたが‥‥‥
トビにとって、うちはマダラは長年待ち望んだ存在にはなり得ないのでしょうか?
彼にとっての平和や希望は、ここに有ったじゃないか‥と私は思うわけです。

そして、何がこの世(穢土)に彼、うちはマダラを繋ぎ止めたのか、成仏できなかったのは何故か、その想いに興味が尽きません。






※遅くなりました。見に来てくださった皆様、申し訳ありません。
海外に出掛けていて本誌を読んだのが2~3日前になります。
ザックリと書いてありますが、追々手直しするつもりです。
本誌のほうは、なんだか凄いことになってますが、ゆっくりと自分大好きペースで書いてゆきますのでよろしくお願いします.....ペコリ!

558話 カブトの切り札… ! !

螺旋丸(惑星螺旋丸=四種類の螺旋丸)の傷痕そのままに、無(ムウ)が復活……分裂体とは別に、本体が土砂に埋まっていただけなんですが、、成る程、生身だったら、ただでは済まないほどの威力を持っているのが窺えます。

しかも、ナルトの九尾チャクラモードの特徴である生命エネルギーは、穢土転生に対しての相性が良く、再生を遅らせているのは、闇の力を打ち消す(相剋)光の力。
期せずして、九尾チャクラモードであったことが思わぬ効力を発揮したようです。
そう言えば前にも、ヤマトの木遁(廓庵入纏垂手)がナルトの九尾チャクラモードに干渉を受けた描写がありましたよね(NARUTO 巻ノ54 14頁)
新芽=命を産み出す九尾チャクラモードの圧倒的な生命力に、偽りの生命=穢土転生の力が負けてしまう‥という図式、成る程です。




■カブトが混同する口寄せと穢土転生

すでに穢土転生した忍=“あいつ”を戦場へ口寄せできない‥ってだけで、カブトが頭をかかえているなら“無視”したい所なんですが‥
以前、カブトは穢土転生の術を「口寄せの術に分類される」(巻ノ55 112頁)と言っていたことがあります。






本体が半分に分かれるだけだから(印なしで)分裂スピードは速いが…力は半分になる…あいつを口寄せするにも弱ったこいつでは少し時間がかかるな…(558話 カブトの切り札 28頁)

を、切り札を口寄せ(穢土転生)するために集中している間、縛りが弱まり手薄になる戦場を、力が半分になってしまった無では任せる事ができない、口寄せ(穢土転生)に集中したい所だけど、少しサポートが必要か…と解釈すると、43ページの(増援)口寄せへ繋がるというだけで、カブトの切り札を無が口寄せ(穢土転生)するというわけではないのかな‥と読み解いてみました。

そう言えば、三代目雷影にも同じような事をカブトは期待してましたよね(553話 主戦場到着 157頁)
その際にも、「あいつ(切札)を口寄せ(穢土転生)する間…こいつに時間稼ぎをしてもらわないとな…」と雷影の自我を奪うバーサーカーモードに切り替えましたしね

いや、来週あたりちゃちゃっとカブトの切り札を無が口寄せ(穢土転生)しちゃうのかもしれませんけどね。
この“混同”に注意しないと頭の中がごちゃごちゃになる。

こうして書き出してみると、カブトくんってセンスないなーって分かってくる(笑)
雷影や無を時間稼ぎのコマ程度にしか考えていないし、戦局を握れるほどの絶大な戦力、イタチや長門を簡単に手放してしまう‥数が多すぎて縛り切れずに結局はチョウジの羽化を助け、サイの本気を引出し、侍達を勢いづかせ、漬け込む隙を与えただけで戦術も美学?の欠片も何も感じられない。

大蛇丸ならこんなだらだらと、だらしない使い方はしないんだろうなと思ってしまう。悪いけど、カブトは器が浅い。同じ事が扉間にも言えるはずだ。
勿論、良いほうであってほしいけどね。

カブトの意識が、無と切り札の口寄せ(穢土転生)に集中しているせいか、蜃のおじさまは自我を失う事なく封印に身を委ねてゆきます。
最期まで、眼を閉じずに我愛羅の姿を焼きつけるおじさま(水影)の姿は強く印象に残りました。
土影の無だって、自分が分裂した側だとオオノキに言いかけ、封印されたのですから、『敵意』が無い事が分かる。
ナルトが(敵意を感知する)九尾チャクラモードで、土砂に埋もれているだけの無(ムウ)本体の無事を感知出来なかったのはそういう事(だと解釈!)で、続いて登場する加藤ダンも見ればわかりますが、死者という言葉では片付けてはいけない、違和感のようなものが残るのです。

ここに、術の考案者である二代目火影の意図、ヒントが隠れているのではないでしょうか、
一般的に禁術指定ではない口寄せと、尊厳の観点から禁術指定されているであろう穢土転生を混同して語るべきではない、と私は思うわけですが、

扉間の意図が分からない今の時点で、穢土転生=悪と定義してしまうのは勿体ない気がします。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ジャジャジャ~ん〓

岸本先生へ!
連載12周年おめでとうございます。
毎週毎週、雨の日も風の日も、変わらず素晴らしい作品をおくり届けてくださり感謝という言葉では表現しきれません。大切な事をたくさん教えてくれて有り難うございます〓
これからも応援していきます。

一つだけおねがいがあります。
イタチに素敵な舞台を用意してくださいね!!!有り難うございます〓←勝手にお礼(笑)


ではまたφ(..)λ≡

557話 蒸気暴威 ! !

蒸気暴威という術は、やはり水蒸気爆発でした。密閉空間の水が熱っせられ、気化し膨張すると引き起こる相互作用による水蒸気爆発

密閉空間を自分で造りだすとは思いませんでした。我愛羅のせいにしてしまった…ごめんね、我愛羅 (> <`


この密閉空間って、なんでもいいと思うのだけど、動けば動くほど水蒸気爆発の準備が整うのであるなら、もっと捕捉されにくい球体だったり、


それをわざわざ子供の姿で象るなんて
、我愛羅の砂(加瑠羅)のように、何か訳でもあるのかな‥なんて考えてしまいます。
例えば、先の忍界大戦で亡くした自分の子供だったりね(妄察スイッチ入りました→)


「…待てよ…… ! やっぱお前……金のたまごだ ! !」

二代目が何かに気付きます。


それは、少年を爆発させず、姿をのこした、敵意の無い我愛羅の心

ブチキレて、千の術を披露したり、巨大化してぶん殴ったりもしない、水影の魂を救う我愛羅の心

長門を輪廻の循環(苦しみの世界)に戻す事を憂いて、十拳の剣で封印することを選択したうちはイタチの心によくにている


水影は、単純に戦闘力を計っていたのではなく、手をさしのべる器を持っているのか、この世を変えられるを持っているのかを見極めようとしていたのではないでしょうか。


「さあ…どおやってオレをぶっ倒すんだ ! ?」

「実力で俺に勝てなきゃ‥」(56頁~57頁)

という水影の問いに、“ぶっ倒す”のではなく、“勝てなきゃ”でもなく、何にも囚われず、満点以上の解答をしてみせた我愛羅‥


自分の心を包み込んだ我愛羅の心に

『ニコッ』‥‥

556話 我愛羅 VS 水影 ! !

今週も、これと言ってなにも無いのですが‥‥



…これは水というより油に近いな…なんて伏線が張ってあったりして、
最初は、何で油に近いなんて(わざわざ)言い直すんだろ?‥程度の斜め読みで、さっさと読み終えて、兄さん不在を嘆いていた所だったんですが、、、

ところが、これって、蜃(おおはまぐり)のおじ様達(水影&岸本先生)、の燻し銀な小技だったんですね(だと思う)~毎度のことなれど、わたくしkirin φ(..)λ≡、
感服いたしました。感動の涙がとまりません(`ー´ゞ-☆嘘です!泣いてません。


砂漠層大葬は見た所、砂の墓標か棺といった所ですが‥‥

防御力抜群の砂の壁が幾重にも取り巻き、針一本通さないような、他に類を見ない密閉空間を作り上げているんだと思います。
中には影、しかも滴る程のを添えて(笑)

密閉空間と水、油はそろいました。
さあ、後は水影がを加えれは、蒸気暴威のできあがり!




そう、蒸気暴威って、水蒸気爆発の事だと思うんです、、“”でピンときてしまったんですけどね



水蒸気爆発って、いくつかあるんですけど、密閉空間の水が熱っせられ、急激に気化し膨張すると起こる相互作用が引き起こす水蒸気爆発と、
水の中に高温で溶けた金属が落ちると、周囲に薄い水蒸気の不安定な膜が幾重にも形成され、衝撃波とともに水蒸気の膜が破壊され、界面接触が引き起こす水蒸気爆発の二つに分類されます。


最も最近の例として、原子炉で炉心溶融が発生し、contact surface =界面接触型の水蒸気爆発が起こりました。

燃料棒を覆っている被覆管が高温で溶け、冷却水の中に落下したからなんです。

※因みに、燃料棒を覆っている被覆管はジルコニウム合金といい、1400℃で溶融を起こします。


他にも、身近な例を挙げると、高温で熱せられた油の鍋に、火が着く‥、
一度くらい見たことあると思いますが、びっくりして水をかけてはいけません。bulk interaction=相互作用を引き起こし水蒸気爆発が起こる可能性が高いんです。気を付けてくださいね





砂漠層大葬という密閉空間が用意され引き起こす水蒸気爆発‥‥
勿論、密閉空間だけでは水蒸気爆発は起こりませんから、我愛羅のせいではないんですけどね(笑)

お膳立てしちゃった感は否めませんね‥‥‥そんなところで!

555話 矛盾 (むじゅん)

今回は、矛盾(むじゅん)という言葉の語源を先に置いて、話を肉付けしていったんだなという印象を持ちます。


中国に伝わる故事成語に、どんな堅い盾(たて)でも貫く矛(ほこ)と、どんな鋭い矛でも防御しきる‥という盾を売り歩く商人の話があるのですが、ある時、お客様の一人に「では、その矛で盾をついたらどうなるのかね?」と聞かれ、返答できずに困ってしまいました‥‥


ひねくれ者の私ですから‥、どれだけ立派な矛や盾でも、「使う人次第」だと思ってしまうのですが、そう切り返せずに困ってしまった商人さん、君、まだまだですね‥



数多の憎しみや痛みが里や部下達の命に襲いかかった時に、三代目雷影の持つ矛と盾が多くの命を救ったであろう事は言うまでもなく、それを最強だったかどうかなんてのは、正直どうでも良い‥‥と私は思うわけで、
雲隠れの里に住まう人々からしたら、どんな矛と盾よりも、最高で最強な矛と盾であり、何も矛盾しないのではないでしょうか。



矛盾しないからこそ、雲隠れの誰もが三代目の傷について知ることができなかったし、側についていたドダイですら、気がつかなかった。
それなのに、ナルトがその発想に簡単にたどり着く事ができたのは、三代目雷影の事を何も知らなかったから‥‥だと思うのであります。



短いですが、こんなところで‥‥


あ、矛盾というなら!
……よかったな、とドダイさんのセリフがありますが、それこそ私からみたら矛盾。


……よかったな、なんて思ってないくせに
ね(・・、)


台風に気を付けてくださいね、では!

554話 螺旋手裏剣の限界… ! !

風遁螺旋手裏剣は五大性質変化の優劣性から考えると雷の性質変化には攻守共に有効なはず‥

三代目雷影のセリフ、548話「土遁の忍を前列に置きワシを攻めたてろ ! ! 」とありますが、土遁ではなく風遁の間違いではないかなと思います。
これでは、ワシには効き目のない土遁でどんどん攻めて来なさい、といっているも同じですし、土遁の盾では防御も儘なりません。
三代目雷影が性質変化の相生相剋を越えた強さを持っているのは理解できますが、アドバイスをするなら、雷の性質変化には風の性質変化(盾矛)が最も有効なのではないでしょうか。
デイダラの土遁がうちはサスケ戦では、悉く決め手を欠き、通用しなかった事、土遁の性質変化を持つ角頭の硬質化した身体を楽々貫いたカカシの雷切りを参考にしても良いと思います。

に風遁使いのテマリがあてがわれているのは性質変化の優劣性を考慮しての事。
ドダイのセリフからも攻撃には風遁使いが有効であることは確認できますね。

ならば何故、風遁が通用しないのか、
基本通りに考えるならば、三代目雷影が風遁にたいして優位である、火の性質変化も持っているということが考えられます。


まあ‥意地わるく考えてみるなら、
三代目雷影の性質変化云々の話しではなく、塵芥で形成され細胞自体が存在しない穢土転生の器(身体)に、細胞(の破壊)を対象にした攻撃が利かないのは道理なんですけどね(笑)

何事も無く起き上がる様子は、デイダラの起爆粘土で粉々になったシンが再生し動きだす事と大差ありません。
三代目雷影だから利かない、通用しないのではなくて、木っ端微塵にされても再生し動き出す穢土転生の忍には、端から通用しないんです。
影縫いで縛り、包帯で巻いて、札を貼る、螺旋手裏剣なんか出さなくても、それで充分なのです♪






先週までの胸熱ストーリー展開を前にして、地味さは隠せないところですが、ドダイ氏の胸の内を考えると、とても切ない気持ちになるkirin φ(..)λ≡でした。
こらっ!カブっ ! ! 今イタチ兄さんが入纏垂手しに行くからね!


ではまた




553話 主戦場到着 ! !

ナルトの螺旋丸が四つ、それぞれに違う向きの回転をかけ、惑星‥‥、‥惑星?


二代目土影 無、封印

うちはマダラ以前の世界を知っている
忍であり、貴重な血継淘汰が使える忍として大変注目していましたが、「用心しろオレは…」という謎の言葉を残し呆気なく、簡単に封印されてしまいました。
そのセリフに、オオノキが特に反応しているわけでも無く、特に注意は必要なさそうです。ああ、勿体ない。





さてさて、うちはサスケ再登場‥‥

基本的に好きなキャラクターなんですが、神々しいイタチ兄さんの後では直視し難いものがあります。

イタチの笑顔に癒されて、なんだか嬉しいなー、もしかしたら何か良いことあるかも♪なんて気分になりましたが、
サスケの顔を見たら急におなかが痛‥‥(笑)



ゼツは、、、沢山いますからね
トビ(マダラ)もサスケの行動はある程度は見越しているはずですから、本体を置いて行くほど、おめでたくはないと思いますが‥




やっぱり、イタチの眼を移植したんですねぇ‥



六芒星の角膜の中心にイタチの万華鏡の面影、映っていた角膜が確認できます。
左右非対称なのは陰と陽を表しているはずです。
例を挙げて分かりやすく書くなら、天照の黒炎を放つ眼と、自在に消す事のできる眼、八尾戦で香燐を救いましたよね?

八咫烏の三本の足のように、知恵と勇気と力の象徴だと信じていたものが、皮肉なのか魔道天狗道に堕ちた者の眼に映る、あまりにも切ない結末。
いや、始まりなのかな‥



眼よりも須佐能乎の姿の変化に眼球移植の現実を突きつけられてしまう




十拳の剣と八咫鏡を装備しているのだ‥イタチの瞳力をしっかりと継承している事を示している

十拳の剣は何種類も存在するが、八咫鏡はひとつしか存在しない


イタチのチャクラを、血を感じたサスケは、冷静さと落ち着きを取り戻したのか、
高飛車で高慢な様子を示していた天を突き刺す様な須佐能乎の天狗の鼻は消えて、烏天狗の様相を呈している。
因みに烏天狗は天狗の中では小物なんですが、一説に、天狗の王として、金色の鷲となった崇徳上皇の怨霊の説話が、伝えられています。

そして、八咫烏を想わせる須佐能乎の三本の腕には天照の力が付加された様な十拳の剣(天之尾羽張 /あめのおはばり)と八坂ノ勾玉、八咫鏡が確認できる。イタチの須佐能乎が装備していた三種の神器だ。

照の能力が付加されたようにも見えますが、伊邪那岐命が迦具土神を斬り殺した神産みの話を知れば、炎遁カグツチを形態変化させたものと考えるほうが、今のサスケにはしっくりときちゃいますね


■天之尾羽張 /あめのおはばり

古事記の神産みの話しで、伊邪那岐命が迦具土神を斬り殺した剣

十束の剣(十拳の剣)のひとふりで天之尾羽張といいます。

因みにイタチの須佐能乎が持っている十拳の剣は、酒刈太刀と記してありましたが、これは岸本先生オリジナル。
そのモデルは日本神話、須佐之男命が出雲の簸川上で倒した八岐大蛇の尾から発見した草薙の剣で、都牟刈(つむがり)の太刀であると思われます。




では、このへんでφ(゜゜)ノkirin

552話 火影の条件 ! !

須佐能乎の姿は天狗の面を被った山伏



山野に野宿し修行に励む僧、修験者の事を山伏といいます。


廓庵入纏垂手ならぬ、イタチ入纏垂手の話しをつい最近、記事にしました。自らの犠牲を省みず、手を差し伸べることを止めず、救いを止めず、貫き通すイタチの姿を廓庵禅僧の入纏垂手に準え書いたものですが、そこに須佐能乎についてのヒントが隠されています。

天道、人間道、畜生道、修羅道、餓鬼道、地獄道のいずれにも属さず、六道の輪から外れた七つ目の輪廻、外道

‥外道という言葉は、人の道から外れた者という解釈で往々に使われておりますが、本来は、六道輪廻から外れた道という意味を持っています。

ただ、仏教の解釈には魔道天狗道に堕ちてしまう外道とは別に、六道の循環から外れた七つ目の輪廻、解脱という別の世界も存在しているのです。

外道をネガティブなイメージだとするなら、解脱はポジティブなイメージに捉えてください。
仏教の創始者、釈迦は悟りを開き、この六道輪廻から解脱したとされています。


長門は、輪廻眼外道というように、外道の名を冠した六道の外の存在でしたが、
六道輪廻の循環をただ外れたのではなく、脱した姿(解脱)が、うちはイタチであり、彼の精神が天狗の面を被った異形の姿となり具現化したものが須佐能乎であると私は解釈しております。


人間に害を為す天狗もいれば 、その一方で、人間を守ったり、天狗の知識を分け与えたりする天狗もいると伝えられています。





イタチは須佐能乎を上手く制御、(六道輪廻から解脱)している事をうかがわせます。

六道輪廻の循環から脱した姿(解脱)がイタチの須佐能乎(天狗)だとするなら、

六道輪廻の循環から魔道=天狗道(六道輪廻から外道)へ堕ちた姿が、サスケの須佐能乎(天狗)の姿には顕著に現れているように思えます。




なんだか、まわり口説くなりましたが、何が言いたいのかと言うと、輪廻眼から派生したものが写輪眼だというトビ(マダラ)の説明、そのイメージが強いのですが、実は逆なんじゃないかという事

堕ちた者の末路が外道、輪廻眼になるのではなかろうか

外道に堕ちたトビ(マダラ)はそれを進化と捉え信じて疑わない、六道輪廻の循環から脱した(解脱)イタチは進化ではないと気付き、むしろこの世の平和を成す為に写輪眼は必ずしも必要ないと気づいている。






うちは一族の存在意義は、外道に堕ちた同胞を救う為にあるのではないかという事、、、もっとも、救う‥といってもいろいろな意味合いを持ちますが、



長門を須佐能乎の持つ十拳の剣で封印したその真意は、長門の封印というよりは、長門が再び六道輪廻の循環(苦しみの多い世界)に戻る事のないよう導く、イタチの敬意を込めた計らい、入纏垂手(救い)だったのではないかなと思います。


天狗の正体は有名な高僧だったという説があります。
その高僧は死を前にして、解脱をしようと強く願い過ぎた為、この世に未練が残り、六道輪廻の輪から魔道=天狗道(六道輪廻から外道)へ堕ち天狗となったと伝えられています。


今回の長門とイタチの一連のやりとり、流れは、遠い昔のうちは一族と、一族の中から生まれて(堕ちて)しまった六道仙人と呼ばれた忍の戦いをイメージさせるものでした。

写輪眼の呪縛に捕らわれたトビ(マダラ)もその一人、そのように考えれば彼が輪廻眼の持ち主であるという発言も不思議でなくなってきます。


写輪眼は麻薬のようなもの、深みに嵌まれば嵌まる程、醒め難く身体への負担は大きく‥‥‥うちはの災いに苛まれた長門の魂は浄化され、二度と苦しまなくて済むように‥十拳の剣に封印されてゆきます








どんなに強くなろうとも全てを一人で背負おうとするな…

そうすれば必ず失敗する


オレは一人で何でもしようとし

…失敗した…今度は…

それこそ仲間にまかせるさ



六道仙人やうちはマダラ、そして自分の事、まるで全てを見透しているような、深く厚み、重みのあるセリフです。
私は、
この言葉を口にする機会をイタチに与えてくれた薬師カブトに感謝したいと思います。


どうか、その手を彼にも(薬師カブト)差しのべ、導いてあげて下さい。

551話 長門を止めろ!!〔急〕火影式耳順術、廓庵禅僧……元い、イタチ、入纏垂手!!


JC最新「巻ノ五十七」 、大好評発売中 ! ! ナルトがついに戦場へ…! !

八尾、キラービー、九尾の力を会得したナルトを難なく捌く六道本来の力‥思わず圧倒されてしまう。
ペイン(遺体)を操っていた時とは次元の違う強さ、力も動きも桁違い…なるほどである。長門もやつれていないし(笑)


長門が口寄せしたカメレオン風の動物が、新たな傷の手当てを受けている
チャクラの送受信棒が幾つも撃ち込まれているという事は、カメレオン風の動物はペイン化=ご遺体のはずなのに、フカサクの仙術、舌戦斬で両断されてしまった体を、きちんと接合して包帯で巻いているんだよね

自来也との一戦で口寄せされた当初から、右眼と右側の触覚?のような部分を欠損、手当てをした状態で口寄せされている事も見逃せない。
初めてではない事がわかる(手当てがね)


手当ての包帯が妙に可笑しくもあり‥
暁のリーダーとして、憎しみ、痛みを謳い、六道ペインを率いて世界への復讐を誓っていても、命、動物に対する労り、優しさを失っていなかった事を裏付ける一面として、私に知らせる。



地獄道の再生で安易に片付けず、巻いた包帯を見せてくる所に、長門の本当の姿を読者に感じさせようとする岸本先生の思いを感じとることができる。安心して見ていられる。必ず天国にいけると思う。長門がいなければ今のナルトは居なかった。
“立ち位置の違い”だけで、正義は存在していた。
三部作は完結する。そのどれもが必要不可欠な要素を必ず秘めている。何一つ無駄はないのだ。


■序・破・急

本来は雅楽の演奏についての言葉である。雅楽の唐楽などで、曲を構成する三つの部分をいい、ほぼ西洋音楽の楽章に相当する。

「序」が無拍子かつ低速度で展開され、太鼓の拍数のみを定めて自由に奏され、「破」から拍子が加わり、「急」で加速が入り一曲三部構成を成す。



雨隠れに住む多くの人々の希望でもあったはず、彼の人生は断じて駄作ではない。
それだけに、自来也の命を躊躇もせず奪ってしまった事が残念であり、違和感を感じずにはいられない‥‥理由も解らない、かなりの時間考えてみたのだけれど何も見当たらないのだ。
どこかで生きているのかな、という思いもしつこく持ってはいたけれど、今回一蹴されてしまった。

万有の真相はただ一言にして悉す‥曰く不可解…ということなのか、いかんせん受け入れ難い。

物語の行く末を見守りたい









さて‥‥何から書こうか、
心情的には、ここからが本題なのだけれども、今まで書いてきたことなので、あまり書くことがない‥手抜きじゃないんですよ、本当に(笑)


三種の神器のひとつ、八坂ノ勾玉(八尺瓊勾玉)がここへきて初登場、拝見できるとは思わなかった~
前に書いた関連記事を二つアップしておきました。

三種の神器 [The three sacred treasures]

八尺瓊勾玉と自己犠牲と.....願いと





八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)

大きな玉で作った勾玉であり、一説に八尺の緒に繋いだ勾玉ともされる。
岩戸隠れの際に玉祖命が作り、八咫鏡とともに榊の木に掛けられました。
その存在について、日(陽)を表す八咫鏡に対して月(陰)を表しているのではないかという説があります。

ナルト世界では、うちはイタチの持つ八咫鏡は絶対防御の盾でしたが、 だとすると八坂ノ勾玉(八尺瓊勾玉)は回避不可能な一撃必殺の攻撃、若しくはどうしようもなく大きな力を封じこめる事のできる、屍鬼封尽のような封印術だと考える事もできます。

長門と六道仙人の格の違いはあれど、最終的には地爆天星でも、完全に抑え込めなかった九尾がいましたからね、

マダラや六道仙人の話に出てきた尾獣の集合体、十尾対応の際に術者に 特別な力が無くとも、超強力な封印式が展開出来るように六道仙人が後世に遺した事は十分、考えられます。


■ふりやまない雨 三種の神器 [The three sacred treasures]より一部抜粋




絶対防御の楯と一撃必殺の破壊力、伝説の封印剣を手にしたイタチは、六道の力をも凌駕してしまった。



最強の攻撃力と防御力、伝説の封印剣を手に、冷静沈着な状況判断、分析能力、行動力、悟り、教えを説き、手を差し伸べる‥‥‥イタチ入纏垂手の完結を心して目に刻むべし

550話 “別天神”


ナルトの体内から現れた八咫烏‥‥

うちはイタチが生前、ナルトに託した『おれの力』とは“木ノ葉を守れ”という、イタチの幻術を仕込んだシスイの(万華鏡)写輪眼





最強幻術『別天神』



別天神っていうのは、古事記や日本書記に登場する五柱の神々(正確には造化三神と呼ばれている三柱の神様と、別の二柱の神様)をさしてついた総称のようなもので、ことあまつかみ(別天神) といいます。
その存在は、若く国造りの中心的な存在であった伊邪那岐や伊邪那美、天照や須佐之男よりも遥かに高く、陰陽を超越した存在まで名を連ねる、神々の中でも別格の存在であったとされています。

※柱=人(にん)‥神様の数え方です。
例.三柱の神=三人の神


柱間って、柱(神)と人との間の存在‥なんて考えても面白いですよね



霧隠れの青やイタチのセリフにあるように、幻術にかけられた自覚、認識をもてない為、ビーのように幻術対策バッチリな相手でも、デイダラのように瞳力を鍛えようとも、サスケのようなセンスがあろうとも、シスイの写輪眼に仕込まれた幻術を免れる事はできません。


それはそれで、凄いなと思いますが、そんなことよりも実際に眼球のやり取りが存在したことにショックを受けます。
サスケに伝えた万華鏡写輪眼の開眼条件と同じで、写輪眼に囚われず“うちは”という一族の名に囚われない、縛られない強さをサスケに持ってほしくて、ついたイタチの嘘、方便であり、加えていうなら医学的な見地(血液型の整合性)も含め、人として、兄弟として、眼球のやり取りは無いと思っていました。


しかし、シスイは、眼を巡る争いが起きないように自身に偽装工作を施し死んだとも‥‥

眼球が、奪い合い、争いの対象になるなんて、うちは一族がグレたくなるのも無理はないかな‥‥なんだかね‥‥



そして、ダンゾウや木ノ葉の暗部の連中が、自己犠牲の名のもとに、卑しくも そこへ“つけこんだ”のであれば、

うちはフガクが首謀者であるとされたクーデターは、捉えよう、見方によっては、クーデターでなくなる可能性が存在します‥‥当然ですよね

事実、うちはシスイの片眼はダンゾウ
に奪われてしまう‥
最強幻術を持っていたにもかかわらず後れをとってしまう何かがあった‥ということでしょうか?
ダンゾウもダンゾウで、自己犠牲だの、表にでないだのと、黙々とかかえこんでいないで、時には語ることも必要である、と思うよ。

眼は口ほどに物を言う‥という諺は確かにあるけれど、眼だけでは伝わらないものも世の中には数多くある。

折角、木ノ葉の里や忍世界の平和に目が向いているのに、うちはシスイの眼を奪うだなんて、どう考えてもおかしい。
戦乱の最中、数多の一族を束ね、里を開いた千手柱間を見習い、忍世界を一つにする‥なんていう人間が、特定の一族だけを迫害し、生きた人の眼を“奪う”だろうか。

長門が、サスケが、闇に堕ちていく様、仕向けられたように、うちは一族と木ノ葉との間に、第三者の力が介在しているような気がしてならない。
ん~今一つ道理が飲み込めませんが、どのような理由があったとしても許される事ではありませんけれど。




ところで、イタチの回想に現れるシスイの写輪眼が別天神を発現させている事に気付きましたか?



ダンゾウとの戦いで発動したものなのか、

それとも私が万華鏡の“開眼方法”として仮定している、(イタチの)写輪眼に対する、(シスイの)万華鏡の幻術‥‥

イタチとの最後を前に、イタチの写輪眼の万華鏡開眼を促しているものなのでしょうか‥

いずれにしても、今回、発動した別天神の前に発動した、十数年前の“シスイ最後の別天神”‥‥シスイも予想だにしない未来の闇?光?何を遺していったのでしょうか








イタチはシスイを殺していなかった。
従ってイタチの呈した万華鏡写輪眼の開眼条件は無効である。






もう一度、書きますね!!!
イタチはシスイを殺していなかった。
従ってイタチの呈した万華鏡写輪眼の開眼条件は無効である。



久しぶりだなダンゾウ…うちはの事件以来だな(NARUTO 巻ノ五十一 18頁)



うちは事件にもダンゾウの奪ったシスイの万華鏡、別天神が使われた可能性も考えなくてはいけませんね。

549話 イタチの問い ! ! 〔破〕火影式耳順術、廓庵禅僧……元い、イタチ、入纏垂手!!









入纏垂手

※入てん垂手の“てん”という漢字は常用漢字の規格外の為、変換例がありません。
以降、同じ読みの纏という漢字で代用します。




胸を露にし足を跣にしてに入り来たる


土を抹し灰を塗って笑い腮(あぎと)に満つ

神仙真の秘訣を用いず

直に枯れ木をして花を放って開かしむ





■廓庵・入纏・垂手(かくあん・にってん・すいしゅ)


中国から日本に伝わったもので、禅の修行の様子、悟りに至るまでの過程、人の心を、牛を“悟り”に見立て十枚の絵で説明した十牛禅図というものがあります。
十の境地(絵)の中のひとつに“入纏垂手”が記されています。


“廓庵” はその“十牛禅図”では有名な中国宋代の禅僧 です。






この十段階に分けた悟りに至るまでの道筋こそ、まさしく、うちはイタチの生涯‥‥彼の到達した高みは、入纏垂手の極みであったように私には思えてなりません





十牛禅図を一枚、一枚、解説する文章がありますが、実はこれらは後付けで、絵画のみが記されていたり、一枚の紙に尋牛から入纏垂手までを書いてあるもの等々、形式は様々だといいます。




□尋牛(じんぎゅう)
牛を捜そうと志すこと



悟りを探すが、どこにあるかわからず途方にくれた姿を表す




□見跡(けんせき)
牛の足跡を見出すこと。





足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。




□見牛(けんぎゅう)
牛の姿をかいまみること。



優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態




□得牛(とくぎゅう)
力づくで牛をつかまえること。




何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿




□牧牛(ぼくぎゅう)
牛をてなづけること。



悟りを自分のものにするための修行を表す




□騎牛帰家(きぎゅうきか)
牛の背に乗り家へむかうこと。

悟りがようやく得られて世間に戻る姿。




□忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん)
家にもどり牛のことも忘れること



悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。




□人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)
すべてが忘れさられ、無に帰一すること。

悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。




□返本還源(へんぽんげんげん)
原初の自然の美しさがあらわれてくること。

悟りとはこのような自然の中にあることを表す。




□入纏垂手(にってんすいしゅ)

悟りを得た修行者が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す

※童子を修行者と見立てている


※修行者をカカシや、アスマ、紅、ナルトと見立ててみれば‥‥?


“纏=てん”とは市場(市、人里)のことで、そこへ垂手(手を垂れ込めて)して、気ままに入ってくる
人の思惑や体裁を考えず、自分をはだかにして、行動し、話をし、手を差し伸べる。

第一尋牛から第九返本還源までの凄惨な修行の結果、自他の対立観念の痕跡もなく、仏道だの悟だのいう観念は全く無くなる。
灰頭土面といい、人が苦しんでいれば一緒になって苦しみ救うことが、慈悲心の現れとして自然に出てくる。


この境地に達した人は、高く深く静かな境涯にあるという素振りさえも見せないといいます。



何時も心が平静で平安であるから、ごく自然に口元がほころんでくる。

こうなれば、何も神秘的な仙人の神通力などは必要としない。

古来坐禅修行を励んだ人の中には、その精神集中力錬磨の結果、いろいろな神通力を備えた方が沢山おられた。

お釈迦様も外道との法戦でこの神通力を自在にお使いになったこともあるが、これはあくまでも副産物であって、仏道修行の目的ではない。
またそれができたとしても決して珍重することはしない。
従って十牛図においても、これを珍重するどころか、必要ないことと明言しているわけである。

※神通力を写輪眼、万華鏡写輪眼におきかえて…









第十入纏垂手の境地に至った人は、枯れ木のように精神に生気が無くなった人にも、新たな生命を吹き込んで花を咲かせるような力を持つと言うのである。
まさに「衆生無辺誓願度」の行願は仏菩薩の祈りであり願いであって、仏道修行の究極はこの外には無い。
そしてその能力は万人に既に完全に与えられ備わっていることを、お釈迦様は宣言され実行され伝承されたのである。



衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)

(菩薩が) 地上にいるあらゆる生き物をすべて救済するという願いと誓いをたて、願いが叶うまでは自分が涅槃には赴かないとする。


イタチの願い、誓いはこの外にはない


魂となっても、見守るってことですよね


もしかしたら、現世に舞い戻る事も分かっていたんだな~なんてね

ま、それは岸本先生のしるところなのですが、
衆生無辺誓願度の誓い‥が、ナルトに託した八咫烏の正体なんじゃないかな‥と私は思います。


何も障害なく、平和な世の中が構築されるのなら、イタチが再び現世に現れることはなかったのでは?

その力…使う日が来なければいいがな(NARUTO 巻ノ四十四 14頁)という言葉がここに‥つながります。




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【最近の感想(仮題)】〔急〕火影式耳順術、廓庵禅僧……元い、イタチ、入纏垂手!!へ

548話 ナルトVSイタチ ! ! 〔序〕火影式耳順術、廓庵禅僧……元い、イタチ、入纏垂手!!


作品ではついに、うちはイタチと長門が登場‥‥戦いの予感です。


暁親分トビ(マダラ)は鬼鮫の安否どころか、行方を気にするそぶりさえも見せないのに、
ビーの背負った鮫肌を眼にしただけで、鬼鮫の死に気づいたシーンには胸をうたれました。

サスケが里へ帰ったと思っていたことも、
人は皆思い込みの中で生きている‥というセリフを残したイタチを、皮肉にも人間らしく不完全にみせる‥

なんでもイタチはわかっているんだと思っていたので、少し意外でしたが、
それが本当のイタチだと気付くのは難しくありませんでした。

死んで、背負ってるもんおろして、やっと素顔がみれるな~って思っていたら、それでも、やっぱり弟思いで、仲間を大切にする、
生前、黙って皆を守っていた、たおやかな腕で、今は自分で歩くことのできない長門を支えている。

以前と何も変わらない最高のお兄ちゃんでした。
ただ、前は遠い存在でしたが、皆と同じように、思い違いをする‥‥少しだけ身近な存在になった気がします。
前のイタチだったら、サスケの事を人に任せたりしません。

仲間や兄弟をおもいやり、愛し、信じる、、思い違いもする、
こんな人が、どんな理由があったとしても、一族や両親に手をかけるなんて
考えることはできません。



穢土転生でよみがえったイタチを見ていると、トビ(マダラ)が九尾を引き連れて木ノ葉の里を襲った夜、泣き止まないサスケを抱いて『何があってもお兄ちゃんが絶対に守ってあげるからな』の頃まで、時は一気にさかのぼります‥‥これが本当の“うちはイタチ”なんです。





うちはイタチの・イタチ入纏垂手が語られる、その前に、すこしばかりお付き合いください‥




ナルトでは、火影式耳順術 廓庵入纏垂手(ほかげしきじじゅんじゅつ かくあんにってんすいしゅ)という術が登場します。
修行中、暴走し九尾化し始めたナルトを度々制御したヤマトの術ですよね


舌を噛みそうなくらい、ずいぶんと長い術の名前ですねぇ(笑)‥‥‥これは、意味のある幾つかの言葉を組み合わせてあるからなんです‥‥


一つは火影式‥‥これは、まあなんですかね?(笑)
水影式や、雷影式なんてのもあるのかしら?‥‥まあそこはいいとして、

続くのは、耳順、廓庵、入纏垂手という別々のワード

火影式耳順術‥‥だけでも十分に意味が通じるワードなのですが、火影式耳順術、廓庵入纏垂手と、続くこの術名に、岸本先生がその当時のタイミングでは、書く事のできなかったメッセージ、事実が隠されている‥そんな気がするんです



私が、カカシの万華鏡写輪眼の開眼、うちはサスケの写輪眼の変化、はうちはイタチの月読にある‥と結論付けたのも、実はこの術名がヒントになっています。
今回、再登場、ナルトに託した八咫烏の正体(意味)にも‥






まずは、耳順ですが

こちらは孔子の『論語』為政篇に記されている言葉で、年齢を表すものとして現在も使われています。



十五(志学)にして学に志し

三十(而立/じりつ)にして立つ

四十(不惑)にして惑はず

五十(知命)にして天命を知る

六十(耳順)にして耳順ひ

七十(従心)にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず


※七十から先がないのは、孔子が七十三歳で亡くなった為です


というように、耳順とは人間、齢六十にして初めて、人の言うことに素直に耳を傾ける境地に達する‥と孔子の『論語』では表現されています。

(んー、私の率直な感想は、まるきり正反対で‥(笑)、人の言うことに素直に耳を傾けるっていうなら、物心つく前の小さな子供なんじゃないのかなぁ‥と)

このように、九尾化しかけて暴れまわる(聞く耳をもたない)ナルトに、(強制的に)聞く耳を持たせる‥というように意味を持たせている事がわかります


ほら‥ね?
火影式耳順術だけでも十分に意味が通じるでしょう?

では、廓庵入纏垂手と続くこの術名に、岸本先生がその当時のタイミングでは、書く事のできなかったメッセージなるものを探っていきます。

547話 価値あるもの ! !

父さま アナタに六度殺されかけ…その度にアナタを恐れ恨んできた…

だが今はもうアナタを恨んではいない…アナタのやろうとした事も理解できる…





加瑠羅に守鶴を封印し、三度も適合実験(妊娠)を繰り返していただけでなく、
妹の夜叉丸までも犠牲にしていたとは、言葉もありません

その人達の尊い命の上に、立っている我が子をさして『失敗作』とは‥‥心が抉られる思いです



時代背景も十二分に考慮しなければならないけれど、父親、チヨ婆、まわりの誰もが我愛羅を、テマリを、カンクロウを実験体、他里とのパワーバランスを優位に保つ為の道具、兵器扱いとしたのに対して、
加瑠羅は我愛羅を人柱力としてではなく、自分がお腹を痛めて産んだ子供として、唯一無二の愛情を注ぐ‥‥肉体は滅びても尚、絶対防御の砂の盾として変わることなく、



それは、風影やチヨ婆、里の上層部に対する、細やかで、控えめな、彼女なりの抵抗のように、私には思えてならない



‥‥‥そういえば、デイダラとの戦いで、絶対防御であるはずの砂の盾が、いとも簡単に破られてしまった事があった。
守鶴を追い出す絶好のチャンスに、暁とナルト達の間に、彼女の意志が介在したとは考えられないだろうか?





そう、肉体は死んでしまったのかもしれないけど、精神は生きている。
このナルトという作品で、私はその様子を繰り返し繰り返し目の当たりにしてきた。
一時的に魂が、肉体を離れているだけで精神は生きている‥‥‥‥




里の都合、大人の都合、一族の都合?
まわりをとりまく劣悪な環境は、ナルトにもビーにも、同じように言える。

しかし、同じようで違う‥‥道を分けた決定的な違い




ナルトやビーのまわりには、ヒルゼンやカカシ、自来也や綱手、イルカ、クシナ、ミナト(においては八尾にも関わりがある)、前任のビー、エーのケア‥身近な大人達の理解、献身的なサポートが幾重にも存在していた

もしも、人柱力となったナルトを管理していたのが、木ノ葉の暗部やダンゾウだったなら、ナルトも我愛羅やサスケのようになっていただろうな、と私は思う。

里を守る為だろうと何だろうと、自己犠牲押しだけでは、なにも救う事はできないっていうことだ


ナルトの目指す高みは遥か高く、未だ前人未到‥彼が成そうとしていることは、自己犠牲さえも許しはしない


最も‥里の都合、大人の都合で人柱力を利用し、他里よりも優位に立とうと企てる輩に、人柱力を救うつもりなど少しも無いのだろうけど‥‥
多分、サスケを狂わせた一連の流れも、ほとんど変わらないんだろな‥


いい話しだった、加瑠羅、安らかに‥‥

































































ナルトとは全く関係のない話で、恐縮ですが、


以前に御世話になった方が、先日亡くなりました。

何か、気のきいた言葉でも‥‥と思ったんですが、考えれば考える程、無駄に息を飲み込むくらいで、何も思いつかない

何でだろう‥‥涙もでない

一日、一日、いつも通りにすぎてゆく


悲しい、の前にモヤモヤとした何かがある事を、意地になって自己分析して突き止めてみたものの、そこからまた“何も思いつかない”へ、ループしてしまう

多分、自分の中では現実じゃないのかもしれない。


日本に帰ってきてくれるなら、そして可能なら、会いにいこう



ご家族や身内の方の決めた事に何も口を挟むべきではない‥‥‥と

頭では分かっているんだけれど



もう少し経過を見届けて欲しかった


奇跡という言葉は


奇跡がおこるから存在する



いつかな?

いつか、私も同じ場所にいきますから、その時はまた聴かせてください!

地球ができて、何千、何万、何億時間という、膨大な時間の中で、同じ時代を生きる事ができた奇跡‥‥
どうか、安らかに

546話 新旧影対決!!

磁遁使い登場‥‥もう、遁がつけば、何でも‥‥


雲隠れの忍の話によると、厄介な血継限界のようですが、そうでしょうか?ちょこっと意地悪く考証してみます(`ー´ゞ-☆


そもそも、人間の身体を磁化させるのって簡単じゃないんです。

なぜなら‥‥(シノ風に)人間って反磁性体だから、である

身体のほとんどが水で構成されている人間は反磁性体といって、磁石に反発する性質を持っています。


対する磁性体とは、鉄のように磁石に引きつけられたり、磁石になったりする性質をもつ物質のことです。


マジック(手品)で蛇口から流れ落ちる水道水に指を近づけると水道水が指を避けるように流れるのを見たことがあると思いますが、
あれは、機械で人間の体に微量の電磁波(電波と磁波)を流し(ながら)静電気を意図的に発生させて、(電磁波を流しているときだけ)擬似的に磁性体になった人間を反磁性体の水が避けて通るという仕組みです。

つまり、最初に投げた手裏剣が磁気を帯びた磁性体で、その手裏剣を触ったからといって、反磁性体である人間が磁気を帯びる‥‥というのは科学的には説明がつきません
磁性体である手裏剣をずっと手にしているというなら、話は別ですが‥

また、相手が同じ磁遁の使い手で、磁界(交流)を発生させる事ができるなら、磁化を無効(消磁)にしてしまうこともできます

さらに磁遁が使えなくっても、磁力は湿気や極端な温度の変化には弱いですからね、そんなの得意な忍はゴロゴロいますよね

外側からの干渉を一切受けない、引力斥力を自在に操った神羅天征や万象天引と比べると、神の力を手にしたい人、輪廻転生と穢土転生の関係性に似ているな~と思います。

その磁遁使いのトロイさん(穢土転生)も螺旋丸一発で動きを止められ、封印→あえなくリタイアです‥




しかし、穢土転生をこんなに簡単に止めることができたなら、三代目火影ヒルゼンの死に様ってなんだったのだろうか、、、

けして、無駄だった‥といいたいわけではないのですが、ヒルゼンの死に様に圧倒され心が震えたあの感覚はどうしたらいいんだ‥





‥‥なんだか大切に押さえておいたものが次々と崩れていきます



タイトルにあるように、我愛羅と父親、オオノキとムウの世代を越えた戦いが始まります。
まあ冒頭に登場した磁遁使いと比べて見応えのあること‥

雷影エーも父親と戦うのでしょうか‥
嫌な予感がしますが





記事の更新やお返事、遅れています。
全てに目を通しお返事を書いております。
記事の更新もなかなか進みません。今回上げた記事もいつものように横道にそれて実際の話とは別のような仕上がりで‥つまらないかもしれませんが‥大目に見ていただけると嬉しいです。
私の力量不足が原因ですが、話が端的で場面がポンポン変わるので書く事がないんですよね(汗)


暑い毎日が続いております。
何よりも、自分を一番に愛して下さい(^ー゜)ノね(笑)

いつもありがとうございます、ペコリ!


では!

542話 最強タッグ秘話!!

劇場版『ブラッド・プリズン』前売券絶賛発売中!!


アメリカ映画に出てくるような悪役顔の二人(笑)



前任者の八尾の人柱力って‥‥エーの実際の従兄弟だったとはね、すっごい悪人顔って思っていたけど、やぁ‥道理で(笑)



さて‥いきなりですが、今回の話しで頻りに登場する“何か”ですが‥既に作品中において実例で証明されていると私は思っています。

心に開いた穴を埋めるものの事ですよ?


エー「何かって…何なんだ?」



人柱力「何かだ!!」


・・・漫才やってるんじゃないんですから(呆)





ミナトも登場~♪まだ火影ではないようですね

エーも速いですけどねぇ‥やっぱ、ミナトのほうが一枚も二枚も上手でした♪

ミナトって凄いです。術も一流ですが、戦い方がエレガントすぎて見とれてしまうのです。

はたけカカシが、トビの時空間忍術を見て四代目以上の~なんて、言ってましたが、いえいえどうして‥‥その弱点を瞬時に見抜いて、逆手にとっただけでなく、連続でダメージを与え、契約封印をうち退ける‥‥これだけの事を瞬時に見抜き、瞬時にやってのけてしまう‥‥もしも、ミナトが生きていたら暁も、第四次忍界大戦も無かったかもしれません‥そういう未来があってもよかった♪







はい、チェックメイト!ってところでビーの身体が半尾獣化、八尾のタコ足がエーを救います。



憎しみの塊であるはずの尾獣を“何かで”コントロールし始めているビーに、ミナトは驚きを隠しません‥‥





後に、木ノ葉の里に現れた九尾を屍鬼封尽で殺す事なく、我が子に封印するという選択をしたのも、この時の経験が少なからず関係しているのではないでしょうか



ところで、エーが『奪還』って言っているのに気づきました?

真相云々はさておき、奪還とは奪われたものを奪いかえす(取り返す)事をいいます。


もともと、九尾は雲隠れで保有していた尾獣なのに、何者かに(柱間、扉間、マダラ?)に奪われたから、奪いかえそうとした、とここで初めて言及していますね

金銀兄弟に九尾との接触があった事も、これで綺麗に繋がりました。九尾、ちょこっとお出かけしたわけではなかったんですね!


雷影が尾獣なみのチャクラを纏っているのも、雷のような速度で動く事ができるのにも、もしかしたら関係してくるかもしれません。ビーみたいな小さな子供に八尾を封印するんじゃなくて、エーに封印する発想はなかったのでしょうか?‥それとも封印できない理由でも‥‥‥

雷影(エー)は五影会議で水影を罵ったり、ダンゾウを古狸呼ばわりしてましたが、どれだけ黙ってる事が多いのか‥政治的判断?まるでどこかの国の政治家をみているような気持ちになってきます



人柱力 千手ミトの晩年に、何かを含みを持たせた様なミナトのセリフ‥‥‥

人でもなく人柱力でもなくなる、つまり“死ぬ”という事、それ以外に考えられないのですが‥




★540 541話は追い追い追加します。

541話 雷影VSナルト!?

お風呂~気持ちよさそうで・す・ね♪

タイミングもうまく重なってか、『お風呂は命の洗濯よ』って、ミサトさんの言っていたことは、ホントなんだなあって、今更ながらに思いましたw



自分が生きる為に誰かが犠牲に、
誰かが生きる為に自分が犠牲になる

‥‥‥命の選択?



死んだはずの顔見知りが大群で襲ってきたり、蛇男だったり‥と、浮世離れした本編とは対象的で、思わず和む扉絵でした☆




一転して、思春期の息子と雷オヤジ‥‥の設定で、暑苦しい怒鳴り合い・・・

意地でも押し通ろうとするナルトと、本音と建前(大人の事情)にガッチガチに縛られていて、たとえ、ナルトの命を奪うことになったとしても、退くことを辞さない構えの雷オヤジ‥互いに一歩もひきません。、ショート寸前です!


雷影は、九尾事件で四代目火影が命を落としたことにまで触れ、死に様にまで容赦なく言及し、ナルトを煽ります。逆効果だって分からないのかな‥それ以上に、他里に伏せておくべき情報が駄々漏れだったことにも驚きます。
波風ナルト‥にせず、うずまきナルトと名乗らせた経緯も、他里の諜報機関を念頭においたのかもしれませんが‥



『このモードに…ついてこれんのか…!?』

片腕を失っていれば、普通ならバランスが崩れてトップフォームは保てない‥‥身体能力が高ければ高い程、そんな気がするんだけど、九尾チャクラを自動追尾するかのように、ピタリと捉らえて離さない。まるでS極とN極(陰と陽)、磁石のように‥


いや、むしろトップフォームではなかったから、ナルトと同等におさまっている‥とも、とれるね‥‥‥



ハァ…ミナトだったら、こうはならないな

『ん、ナルト!僕がついてるからね‥心配はいらないよ』なんて言ったりして、

こんなふうな怒鳴り合い、想像もできないな‥クシナの血か‥‥‥(笑)



でも、どこか心地好かったりして!

ねぇ、ナルト...



【オマケ】
『四の五の言うな!! お前はいかせん!!』




四の五の言うな!!・・・普段、何気なく耳にする言葉ですが、実は深い意味を持っていて、



昔、中国から日本に伝えられた教書に論語、大学、中庸、孟子の『書』と、
易経、書経、詩経、礼記、春秋という『経』、
併せて『四書五経』といわれているものがあり
、、、当時の教養がある人達は、四書五経を常々、参考にして暮らしていました。

また、その内容を知らなかったとしても、「四書五経」という言葉だけは、誰でも知っている程のメジャーなものでした。
今でいう常識や教養といった解釈で良いと思います。

の言うな!!」という台詞の四の五の、は経が語源となっています。


『不確定な可能性で物事を語るバカほど…』なんて、人に向かって説教するわりには、閃光一閃の直感や閃きに生きる(馬鹿にしてませんよ(笑))、雷影にうってつけな言葉だと思います‥‥理屈は要らないんですねぇ‥‥‥黙って言うことを聞け!‥と


雷影ェ(笑)



後々話し順にならべかえます。

画像のソフトがうまくつかいこなせないので、後々画像追加します。

では

540話 マダラの作戦!!


まことのことばはうしなはれ



雲はちぎれてそらをとぶ



ああかがやきの四月の底を



はぎしり燃えてゆききする



おれはひとりの修羅なのだ


『宮澤賢治 春と修羅より、一部抜粋』








二人で狛犬の上に座り込んで、月の光りを浴びりなんかして‥

久々に感じる夜風があまりにも心地好よくて、感覚をいとおしんでいる‥‥と見ることができると、少しは気が楽になります


ああ、イタチや‥‥長門が、カブトの意のままに動く姿は見たくないな~岸本先生






イタチが、こうして今も『マダラ』と言っているのを見ていると、やっぱりトビはマダラなのかな‥って思えてくるから不思議だ′・ ・)=○)`ν゚)・;'.、


長門やイタチが、穢土転生で自分達を操り動かしているのはトビ(マダラ)ではないよね!?‥‥そうだな!って確かめたわけでもないのに、そのように納得しているのが、なんというか可笑しくて

二人して、かつての上司にある程度の信頼(アイツはこんな事しないよな?的な‥)があるようにも見えなくは無い、不思議な光景です


術者が“敵”との接触をさせない事に長門が疑念を抱いていますが、、、カブトの事ですから、読者も含めた、敵味方すべての登場人物が一番うっとおしく感じるタイミングで顔を出すのは間違いありません(笑)
おそらく、トビが十尾とやらを解放した途端にひょっこり顔をだすのではないでしょうか?

それにしても長門~少なくとも連合軍は敵ではないよ!
トビ(マダラ)も到底仲間には思えない。

それとも‥トビ(マダラ)の目指す世界を二人とも心のどこかで期待しているのかな‥鬼鮫みたいにね。それはそれで、分かる気もするけどね



正直にいうと書く題材が少ない‥というのか、毎回毎回、横道に逸れるけどまあ‥許して

という事で掲示板にいただいたコメントの中からネタをひとつ


★外見的な長門の姿(焼かれた両足、白髪、窶れた身体)、摘出されたはずの輪廻眼やイタチの写輪眼が穢土転生された身体に再現されているのはどうしてなのか?と質問がありましたので“ふりやまない雨”kirin φ(. . )λ≡的解釈でお答えいたします。

穢土転生とは、浄土へゆく事ができなかった魂(陽)だけを捕まえて穢土へ縛り付ける術です。知ってますよね?

穢土転生された忍の姿、外形的なものは、塵芥=ゴミ/汚れた現世の土(穢土)で形成、象られたものであって、魂がオリジナルであるのに対して身体はオリジナルではありません。

ですので、白の涙やハンゾウの毒、輪廻眼や写輪眼もそうですが、器官や臓器が外見上、再生されていたとしても、突き詰めていうなら、涙のように見える塵芥であったり、毒液のように見える塵芥、血液のように見える塵芥なのです。

魂を宿らせた生贄の身体のまわりを表面上、象っているだけですから涙や血液など細やかには再生できないのが道理の穢土転生なのです。毒液なんか、全く訳わかりません。

しかし、そこは創作の世界ですから、作者の都合にいいように創られていきます。

私達は作者の目論見どおりに、まんまと、白の涙に感動して涙し、ハンゾウの毒液に心を熱くした訳です


ようするに、穢土転生で何度も再生され、象られた身体は魂が記憶している最後の姿‥魂というのが分かりにくければでも良いのですが、穢土転生のように、魂を元に構成している外形的なものは、魂の記憶に頼るしかないと考えられます。
魂(陽)や心、想いや気持ちというのは、肉体(陰)ではないんです。

※トルネが首を折られて殺害され、直ぐに穢土転生をされたとき、首が折れたままでよみがえりませんでしたが、この場合のトルネは幻術にかかっていましたから、記憶している最後の姿は幻術にかかる前になります。



イタチも長門も亡くなる直前の姿を魂、心が記憶しているので、その時の姿のまま穢土転生されたと、ふりやまない雨では解釈しています。

如何なる攻撃を受けても再生してしまう穢土転生特有の効果と、生前患っていた傷や病気は関係してきません。

最も、生前にどんな傷を負っていたとしても穢土転生でよみがえった以上、何の致命傷にもなりえませんが(笑)






これだけ煌々と月明かりがある中、夜襲も何もないんですけどね‥
ましてや、お年寄りや一般人が、戦闘をするわけではありませんから、敵が巧妙に変化して紛れ込んでいる事も、予め分かっていれば、忍相手に目に見える程の成果は期待できないでしょう。

白ゼツといえば、変化や感知の能力(あと、おしゃべりも!)に特化しているだけで、戦闘のほうはサッパリ‥





強化されてはいるものの、サクラちゃんの綱手譲りのパワーの前には歯がたたなかったみたいですね♪





サクラちゃんの女の感!!さすがです!!凛々しいな♪



でもゼツって本当、大したことないのね‥‥いや、綱手譲りのパワーは凄いんだろうけど、女の子にぶっ飛ばされるなんて~この程度なら実際、脅威にはならないんじゃないかな‥ね、余計に時間稼ぎに思えます


これで水影を相手にしようとする気概は大したものですが、何ができるというのでしょうかねーこてんぱんじゃないですか(笑)


ゼツの術は昼間でも雷影、ビー、感知に優れたシーも、ダルイも誰も見破る事ができなかった、成り代わりの術ですからね。
昼間でも十二分に効果は期待できる術です。


まあ、トビが準備(金銀兄弟の幻龍九封尽)をしている間の時間稼ぎだと思います。

ひとりになっちゃったから時間がかかるんですよね(笑)

三尾と二尾の封印に九人で六日もかかっていたのに、一晩でどうにかなっちゃうってのも疑問ですが‥‥マダラの作戦って、そういう事なんだと思います。








そして、雷影と綱手の登場です。が‥‥なんとも‥‥‥ねぇ‥ブラザー?





みんなは二千年ぐらゐ前には

青ぞらいっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ

新進の大學士たちは気圏のいちばんの上層

きらびやかな氷窒素のあたりから

すてきな化石を發堀したり

あるひは白堊紀砂岩の層面に

透明な人類の巨大な足跡を

発見するかもしれません

すべてこれらの命題は

心象や時間それ自身の性質として

第四次延長のなかで主張されます

大正十三年一月廿日  宮澤賢治

539話 血の夜…!!

ワシは憎しみの塊だ!!‥‥私にかかれば、そのセリフも裏返って聞こえてきます。


憎しみで自分を見失っていたら、こんなセリフ出てこないですもんね

昔、木ノ葉の里に現れた九尾と今の九尾とでは印象も随分違います。
そもそも、クシナの身体から解放させた九尾に、強力な幻術をかけて里を襲わせたのは、仮面の忍(トビ)でしたからね


トビが、ミナトに口寄せ契約を解除する、契約封印の術式を打たれると直ぐに、トビと九尾のリンクは強制的に遮断されました。

直ぐに、九尾は眼から写輪眼の紋が消えて正気に戻りましたが、目の前には自分を排除しようと全力で向かってくる(九尾目線なら、襲ってくる)人間達、、、九尾じゃなくたって“反撃”すると思う


‥‥ワシは憎しみの塊?結構じゃないですか‥それだけ深い愛情を知っているという事です。




ミナトが九尾を屍鬼封尽で完全に滅することが無かったのは、戦略云々~もあったのでしょうが、九尾の憎しみの塊である前の、本当の姿を知っていたから、だとも思う。



でなければ、九尾が木ノ葉の里に現れるという予定していなかった事件の中で、偶然生まれたばかりの自分の子供に、得体の知れない物を封印するなんて決断ができるはずがない。。。
得体が知れていたからこそ、封印をした、そういうことではないでしょうか



ナルトが大蛇丸戦や天道戦で大きく制御を失い九尾化しかけた事がありました。

一度目の大蛇丸戦では、班長代理として、七班に帯同していたヤマトの火影式耳順術、廓庵入纏垂手(かくあんにってんすいしゅ)で何度も救われ(制御)...


※廓庵入てん垂手の“てん”という漢字ですが、JIS規格にない漢字なので変換できません。
同じ読みで似た漢字の纏を使用しています。


ちなみに廓庵とは僧の名前、入てんの、てん、とは市場や街を指します。“入+てん”で、市場/街に入る、姿をみせると解釈しても良いかもしれません。
垂手とは手を垂れ込めた様をいいます。


入纏垂手とは、第一尋牛位から第九返本還源、第十入纏垂手までの禅の修行を十段階に分けて説いた『十牛禅図』という禅籍に書かれた、禅を志す者の究極の姿をいいます。


十牛禅図の十番目、入纏垂手の挿絵で描かれる廓庵禅僧の姿は、着物の胸の部分を大きく開き、懐から左手をだし地面に向かってぶらりと垂れています


こうして、『火影式耳順術 廓庵入纏垂手』を改めて考えてみると、単に九尾をぐるぐる巻きにして縛り上げる術、なのではなく、『手を差し延べて救う』と解釈できます。
ぐるぐる巻きにしてイジメてたわけじゃないんですよ(笑)


そして、気づきましたか?













木ノ葉の里(市場、街)に鬼鮫を連れて姿を現したイタチが、アスマ達と対峙した時の姿は、廓庵ならぬ、イタチ入纏垂手なんです!!

‥‥イタチは誰に?木ノ葉の里に暮らす民に?救いの手を差し延べに、姿を見せたのでしょうか‥


そこから読み取る事のできる世界があります。

題材と対象人物が人物なだけに、このように、とまらなくなりますので、追い追い、別記事でまた!



‥‥本題に戻りまして

二度目、八本の尾まで解放されてしまったナルトは八卦封印に組み込まれていたミナトのチャクラが八卦封印を締め直し制御‥‥ヤマトやミナトの力添えがなければ、ナルトは九尾に取り込まれ、存在していなかったかもしれません



そこで気になったのが、千手ミトの封印。
彼女の封印は、出産の時以外に一度も緩むことは、なかったのだろうか?

出産までの間、徐々に封印が弱まる‥(NARUTO 巻ノ五十三 105頁)とクシナの説明がある。
ようするに、子宮内膜に受精卵が着床した段階(妊娠)から封印に対する抵抗は始まる。

※どこまで、その抵抗に耐えられるかという事になりますが、
渦潮の里で特に強い封印力があるクシナでも、出産直前には大きく弱まった状態を描写していましたが、千手ミトがどれ程の封印力があったのかは作品ではあかされていません。


柱間が生きている時は、木遁や火影式耳順術で、千手ミトに封印されている九尾の解放や九尾化を抑え込めただろうけど、問題は柱間の没後、千手ミトが侵食されて、九尾化している事は考えられないのだろうか?


雲隠れや、金銀兄弟との絡みもありますね。彼らが実は千手ミトの息子達‥なんてオチはないのかな?
二代目火影扉間の死因や、穢土転生を考案するに至った経緯にも、一枚噛んでいるかもしれません。

また、クシナに人柱力を移行する方法は、どの様な方法をとったのだろうか?

人柱力ではない自分が使う事のできる封印術は屍鬼封尽だけ‥というミナトのセリフが、人柱力には使える“別の方法”を連想させます。

六道仙人が開発したと言われ、受け継がれている封印術システム(NARUTO 巻ノ五十 77頁)が使われたのだろうか


‥‥まさか、初代火影のおくさまに尾獣を抜くから『死んでください』なんて話しはないだろうしねぇ


で、また横道にそれますけど、女性の人柱力が妊娠すると徐々に封印が弱まる‥‥なんてめんどくさい設定なんですかね?意味なく設定したようにも思えませんが‥
そのおかげで、トビはクシナが妊娠してから臨月までの間、何をして過ごしてたのでしょうか?
安産祈願なんかしてたりしたら、かわいいんだけどな~トビ(笑)

しかし、わざわざ出産時を狙い強襲するなんて、言葉では形容しがたい非道さ‥‥なんて書いたら良いかわかりません。

ちょっと視点を変えて、他に方法は無かったのでしょうか?
一つ前の話しでも、余計に連合軍側を警戒させるだけなのに、戦場にわざわざ外道魔像を口寄せたり、なかなかどうして‥頭が良いのか悪いのか、スマートではありません。
妊娠状態なら、お薬で擬似的に作り出す事もできますが、、、眼球そのものの移植なんて、現代でも到達できない医療をサラリとやってのけるのに‥‥おやおや、知らなかったのかな?トビ君~ニヤニヤ(・∀・`)

誰にも気付かれないようなスマートさもほしいものですな‥


あ!あと、『出産時に九尾の封印が弱まる』(NARUTO 巻ノ五十三 143頁)というミナトと、『女性の人柱力が妊娠をし出産を迎えるまでの約10ヶ月の間…封印に使っているエネルギーがお腹の子供へと移行していくために尾獣の封印がそれに比例して弱まっていく傾向にあるの』(NARUTO 巻ノ五十三 105頁)というクシナのセリフで、若干ニュアンスに開きがありますが、そこは女性の観点を基準に記事をかきました。


あれっ?て思っちゃったんですけど、うちはマダラは終末の谷で死んだはず‥が現状認識のはずです。よね?

生きている、いた、前提で話す方をあまり見かけませんが、終末の谷で勝利した柱間が九尾を得る、柱間の力になるため、妻である千手ミトが九尾を体内に封印し人柱力となった


で、何年か後でも、直ぐにでも構わないのですが、ミトが妊娠し出産するときに封印が弱まって、騒ぎがおきた

その前に既に死んでいたマダラが、そのいきさつを知ることは不可能であると言えます。

それを何故、出産時に封印が弱まる事を知っていたくくりに入れてる(NARUTO 巻ノ五十三 143頁)のかな?ミナト、九尾やうちはマダラについて何かを知っている気がします。





そして、穢土転生されたイタチと長門の登場‥‥



長門に対しても、同じ思いはありますが、これ以上イタチに辛い思いはしてほしくない。もう傷つかなくていい。
死んでまで、誰かの為に自身を犠牲にしないでほしい。
イタチが何を考えているのか不安です。



長門『アンタどこまで暁の事を知ってた?』

イタチ『お前よりは知ってたつもりだが…』

長門『フッ…結局オレもアンタも人に利用された忍だ……お互い持っているこの強すぎる瞳力のおかげでな…今回も術者に後回しで動かされている』

イタチ『ペイン…お前の六道の力・輪廻眼とオレの万華鏡写輪眼…この二つの瞳力さえあればほぼ何でもできると言っていい…

術者の奴はこのタイミングでオレの幻術の力を利用するつもりだ』


長門『イタチ…確かにお前は暁において闇の中の忍だったからな』



さて、ここで『闇の中の忍』って意味深なセリフがでてきました。一体、長門はイタチに何を言っているのでしょうか?


ナルトではもうお馴染み、陰陽五行思想を参考に考えます。

断言はできませんが、岸本先生も参考にしているはずです。


遠い昔、世界のはじまりは混沌の状態であると考え、そこから澄み切った気(陽)が上昇して天に、濁った暗黒の気(陰)が沈み地になりました。
この陰と陽の働きによって万物の事象を理解し、未来までもうらなうというのが陰陽思想なのです。


陰(受動的)の性質と、陽(能動的)の性質とを分けると“闇”というのは陰(受動的)な性質に分類されます。

他に、暗、柔、水、冬、夜、植物、女性も受動的な性質に分類されます。


対して、闇に対する陽(能動的)の意味合いを持つものは光です。
他には、明、剛、火、夏、昼、動物、男性が能動的な性質


『闇の中の忍』を、今述べた陰陽五行思想における受動/能動に宛てがい、ちょっと崩した感じで、考えてみます。


長門がイタチに暁の事をどのくらい知っていたのかを聞いているのは、単なる興味本位だと思うのですが、リーダーであった長門(天道)に向かって、『お前よりは知っていた』と切り返され、思わず長門のプライドを擽ります(笑)

直ぐさま、アンタもオレも人につかわれてた者同士だったじゃないか、死んでもまた、人に使われている‥‥お互いな、と皮肉混じりに返しますが、


兄さんは、もうそんな話し(暁をどのくらい知っている云々)どうでも良くて、
利用される事に不満げな様子も見せず、六道の力・輪廻眼やら万華鏡写輪眼を使って淡々と状況を分析し、策を講じるイタチに

また、人に操られているというのに、その事にたいして感情を表に出さず、何かを(入纏垂手)しようというのか?アンタらしいな

もうちょっと崩すと、『嫌だね~死んでも廓庵しようってんじゃね~だろうな?』みたいな事を長門は言っている、と私は解釈しましたが‥‥




イタチに幸あれ‥‥






それはそうと、ラブリーなラブレターネタはよかった。
ナルトの話しでたまにある、この手のノリは苦手なんだけどね~今回はヒット♪
今の世の中、こんな純粋な男の人っていないだろうね(笑)
サスケみたいなヤクザ(?)追っかけても幸せになれないよ、サクラちゃん?その辺で手を打つのも‥‥

なんちゃって♪



ネジはゼツの成り代わりの術ですね、前例があったのと、サクラちゃんの高度な術云々~前フリで直ぐに分かりました。
近接戦闘で、雷影やシーでも見破る事ができなかった術を夜間にソコソコの忍が見破る事ができるはずがありません。
対策は難しいと思いますが、感知‥からは離れた発送が必要かもしれません。
沢山紛れ混んでいるなら、それを逆手にとって偽情報を暁側に流したりするのも有効かもしれません。全軍撤退とか、総攻撃とかね





★記事に後ほど画像を追加したり修正を加えるかもしれません。

では!kirin φ(. . )λ≡

538話 詰問

仲間が殺されれば それに伴う憎しみが生まれる…

相手を倒せば敵からの憎しみを受ける…

全て自分で受け止められると本気でそう思っているのか?

戦死者も多く出ているハズだ…その分憎しみもな






ナルトに留まらず、既に憎しみに囚われているサスケまでを心配している事が、よく分かる


九尾を含む尾獣シリーズが、トビのいうとおりに、六道仙人の都合で九つに分割された、元々は一体の十尾という存在であったのならば、元に戻りたいのが人情←?だろうし、(十尾の存在自体、怪しいもんですが‥)
そのために腐心している暁やトビにもっと協力的な行動や発言があって不思議ではない。
むしろ、そうあって然るべきなのに、口をついて出た言葉は自分の事ではなく、ナルトへの心配なのだから驚く。

九尾の言うように、ナルトが憎しみに囚われてしまうなら黙っていればいいのに。それは逆に好都合なのだから‥‥

それなのに、ナルトときたら自分ひとりで大きくなったような顔して(笑)(※くわしくはQ-coさんのblogまで!

ハイブリッドGo!Go! 538話 詰問
ハイブリットGo!Go!へ♪‥いけばわかる面白さ☆)
親の言うことに逆らい続ける息子の顔だよ…ナルト‥まだ、こんな眼できるんだね。



どうみても、甘ったれてるんだけどね‥(かわいいから許すけど)この時期って誰しも気が付かないものだとも思うし、仕方がないのかも。
立場が変わって初めて気が付く事が多かったりするからね



九尾が憎しみに対して警鐘を鳴らしている。
冒頭に紹介したセリフの数々は、自身の経験に基づいて話しているように聞こえてくる

嫌な顔をされても、しつこく‥‥また、しつこく、厳しい父親が息子を、心配性な師が弟子を心配しているように見えてなんとも微笑ましい。
思わず、ミナトや自来也の事を思い出してしまった。彼らは厳しくも心配性でもなかったけどね。
まるで、九尾が厳しい・・・役をかって出ているように思えてくる

もしかしたら、屍鬼封尽で九尾を消滅させることを選択しなかったミナトは、九尾の本当の姿を知っていたのかもしれない



九尾は永く‥長く、生きてきた分、沢山のものを見てきたのだろう‥同じ憎しみの中にいても、トビよりも九尾は立ち居振る舞いが大人だ。
憎しみに向き合い、積み重ねてきた時間、密度の濃さならトビでは比較にもならないだろう


ナルトに憎しみを説き、教える事のできる九尾は、持っている憎しみが深いものなら、それに比例するくらいの深い愛情というものを間違いなく知っているんです。



人は愛情を知った時…憎しみのリスクを背負う(NARUTO 巻ノ四十五 76頁)

サスケは家族や自分の一族が大好きだった…愛情が深ー奴だから余計に許せねーんだと思う(NARUTO 巻ノ五十 121頁)


愛情を知らずして憎しみは存在しない‥
なるほど、陰陽五行思想、うまく出来ている。

もちろん、ミナトやクシナの事を忘れる事はできませんが、九尾はナルトの中で共に生き、ナルトが皆から受けた愛情のおすそ分けなんかあったりして‥、ナルトと過ごした時間の中で共に成長し、愛情を思いだした‥‥うまく言えませんが、そんな気がします。


すこし跳んだページに、こんなセリフをいう油女シノの姿があります。

『なぜなら一生は長い その間に色々…』


その機会を九尾に与えてくれたのもミナトとクシナであることに違いはない。
ナルトの中ではなく、外に存在していたなら、とっくに外道魔像の中にとりこまれていただろう‥‥チャンスを与えてくれたミナトとクシナに感謝しなくては‥ね、九尾!



私は九尾の中に六道仙人の影を感じて止みません。

六道仙人の存在の是非云々を言っているのではない。

平和、幸せを願って止まない普通の人間の成れの果てが‥‥それはサスケであり、トビでもあり‥

憎しみに負け囚われた姿が影となり、行くところ行くところに付き纏っている。そんな気がします。

537話 夜へ…!!

どこか叙情的な月が、頻りにクローズアップされる夜‥

奥床しい月の表情と変化、時間の経過にあわせて徐々に心を蝕んでゆく一人の忍を描いた、うちは事件の夜を思い出します。(巻ノ二十五)


しかし、こんなに煌々と月明かりに照らされては、夜襲も何もあったものではありません。セオリーは無視ですか‥なんとも不可解






『行け…外道魔像』と指示するコマには輪廻眼を、
戦場の中、九尾チャクラを見定める眼には写輪眼を配する

それぞれの眼に、それぞれの役割、長けた分野を感じさせてくれるテクニカルなひとコマ‥‥随所、随所の何気ない部分が魅せてくれます。
岸本先生って、コマで語るテクニックありますよね、アツいです!


皆、外道魔像を初めて目にするにしては、妙に冷静なのが少し滑稽にうつりますが、いまの今まで穢土転生なんて有り得ない相手、光景を目の当たりに戦っていたのだから、普通の感覚が麻痺してしまっていてもおかしくないのかもしれない。


外道魔像の咆哮と共に、強烈な衝撃波(風遁?)が辺り一面を襲い吹き飛ばすと、穢土転生された角頭が、断末魔の声を発しバラバラと崩れ落ち、四紫炎陣の強力な結界空間にいたダンも倒れたまま崩れ動きません。
成仏した様子もなく、カブトが術を解いた時に空間に突如現れる棺桶もなく、明らかに様子が異なります。

至近距離で直接、衝撃波を浴びた秋道親子がたいした怪我でもないのに、その咆哮で穢土転生のシンクロを強制的に断ち切ったという事でしょうか?
陰陽相克(陰と陽が、互いに互いを打ち消す)で穢土転生の力を撃ち破ったようにも見えます。

黄土の大技も難無く止めてしまう外道魔像、そして今度は雷遁?


うちはイタチが封印剣、十拳の剣と、全ての性質変化を持ち、受けた攻撃の属性を見極め、あらゆる攻撃を無効にしてしまう八咫鏡を持っていた理由って、もう分かりますよね。



でここで、トビが登場して金銀兄弟を閉じ込めた宝具を難無く奪取‥‥外道魔像、つれてこなくてもよかったじゃん(≧∨≦`)






シカマルを見る眼が恋してますぜ!?



トビが戦争に負けられない云々言っているけど、戦争自体どうでも良い事じゃない?いや、トビにとってね

この先、ビーやナルトをうまく封印できたにしても、蟠りも争いもない世界に人々がいなくなっては、本末転倒なのに‥

輪廻眼も写輪眼も宝の持ち腐れだね‥少し先の事も、人の心も見抜けない

このままでは、スタイロフォームの冠が良く似合う流浪の王様になってしまうよ‥‥トビ

求めているものは、その先にはありはしないし
捨ててきたものも、その先にはありはしない‥‥のに、
どうしようもなく踏み止まれない何かが、その先にはあるんだろうね 鬼鮫が命を懸けたように
ようこそ!!
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